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一人の大量殺人者が死んだ時

When a mass murderer dies

 ようやく、ちょっとした伝えるべき朗報が届いている。世界最大規模の大量殺人を犯した人間の一人が――若くして命を絶たれた何十万という人々にとっては不公平な話かもしれないが――ついに、93歳という十分に熟した年齢で、騒がしい現世を去ったのだ。カンボジアを恐怖のどん底に突き落としたクメール・ルージュ政権時代のポル・ポトの相談役だったヌオン・チアが、病院のベッドで週末に死亡した。その時、彼は終身刑の受刑者であった。  ヌオン・チアは「ブラザー・ナンバー2」として知られていた。1975年から1979年まで続いた、クメール・ジュールのグロテスクな政権という、イデオロギーをたたき込まれた流血の狂気の時代に、政権の指導者だったポル・ポトは、無論、「ナンバーワン」だった。ヌオン・チアは、ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)(米公共ラジオ局)の言葉を借りれば「1970年代のカンボジアの殺人的クメール・ルージュ政権時代を仕切ったポル・ポトの主任補佐官だった。約30万人のカンボジア人が、その4年間続いた時代に政権によって即決死刑執行に処せられた」という。

 ヌアン・チアは、狂気と残虐行為の単なる傍観者ではなかった。「彼が権力の座にあった年月、チアは独断的行為や容赦なさで評判を取っていた」と英ガーディアン紙は、その死亡記事の中で書いている。そして「彼は、都市を空っぽにし、学校や寺院を閉鎖し、私有財産を廃止し、最貧困層に力を付けて引き上げる政策などを含む、党の無鉄砲で、ユートピア的政策を実行に移したのだ。これらの政策は猛烈な速さで実行され、莫大(ばくだい)な犠牲を伴った。国によって処刑された人々に加えて、150万人近くのカンボジア人がその時代に、飢餓、過労、そして診断ミスによる病気で死亡したと見積もられている」とも。カンボジアの人口の丸々4分の1がクメール・ルージュ支配下で死んだのだ。


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