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失墜した大統領の威信 発言と現実、全てが真逆

《 記 者 の 視 点 》

 バイデン米大統領は7月8日の記者会見で、アフガニスタンからの米軍撤収について、確かにこう言っていた。

 「(イスラム主義組織)タリバンが全土を支配する可能性は極めて低い」

 「米大使館の屋上から(ヘリで)人々が運び出されるのを目にする状況にはならないだろう」

 だが、その翌月、バイデン氏が「起こり得ない」と断言したシナリオがことごとく現実になった。1975年に南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、大使館屋上から人々がヘリで救出されたことは、米国の屈辱の歴史として刻まれているが、全く同じ光景が繰り返されたのである。

バイデン大統領が、アフガニスタンからの軍と大使館の撤退について話す(2021年8月31日/UPI)

バイデン大統領が、アフガニスタンからの軍と大使館の撤退について話す(2021年8月31日/UPI)

 ネット上のスラング(俗語)に、立てた予想がことごとく外れる人のことを指す「逆神」という言葉がある。昨年7月4日付の本欄で、筆者はバイデン氏にはこの言葉が当てはまるのではないかと書いた。上院外交委員長や副大統領を歴任し、「外交のプロ」と呼ばれながら、外交・安全保障問題でことごとく的外れな言動を繰り返していたからだ。この見立てが正しかったことは、アフガン情勢ではっきりした。

 ブッシュ、オバマ両政権で国防長官を務め、党派を超えて幅広い尊敬を集めるロバート・ゲーツ元国防長官は、2014年の自叙伝でバイデン氏をこう酷評していた。「過去40年間、ほぼ全ての重要な外交・安全保障問題で誤りを犯してきた」と。米言論界では、バイデン氏の本質を正しく見抜いていたゲーツ氏が「アフガン混乱の最大の勝者」と、皮肉交じりに指摘する論評もある。

 いずれにせよ、米国の最高指導者が示した見通しと繰り広げられる現実がここまで見事なコントラストを描くのは、もはや恐怖でしかない。バイデン氏は、先月19日に放映されたABCニュースのインタビューで、欧州や日本、韓国など同盟国に対する防衛義務を果たすと強調した。揺らぐ米国への信頼を取り戻すことを狙った発言だが、自国民やアフガン人協力者を残したまま米軍を撤収したバイデン氏が他国を防衛すると言っても、誰も信じまい。

 インドの戦略地政学者、ブラーマ・チェラニー政策研究センター教授は、「パックス・アメリカーナ(米国による平和)はカブールで死んだ」と断じ、「この戦略的、人道的大失態が米国の国際的信頼や地位にもたらす打撃から、米国は二度と立ち直れないかもしれない」との厳しい見通しを示している。

 米国内に目を向ければ、マルクス主義者が主導する「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」運動によって警察敵視の風潮が蔓延(まんえん)した結果、各地で警官の大量離職が発生し、凶悪犯罪の急増など社会秩序が大きく揺らいでいる。米国は内政でも「自壊」しつつある。

 米国の威信が大きく傷ついたこの状況は、米国に代わる超大国の座を狙う中国のさらなる増長を招くことになるだろう。「強い米国」を前提としてきた日本の安全保障戦略は、根本から見直しが求められている。

編集委員 早川 俊行

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