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ペンス副大統領の「第二の天安門演説」へのステップ

 2019年8月、トランプ大統領は従来までの中国との交渉姿勢を明確に転換し、貿易交渉の妥結を半ばあきらめたように見える。当初、9月1日からの関税引き上げに言及し、中国を為替操作国認定した際には、トランプ大統領は中国との間で農産物を含めた貿易合意を目指していた様子がまだ存在していた。

 しかし、中国が農産物に対する報復関税を表明したことで事態は全く異次元の方向にステップアップすることになっている。

 トランプ大統領の対中交渉は、ファーウェイ問題など安全保障問題を一部含みつつも、基本的には貿易不均衡の是正、知的財産権、産業補助金問題などの経済関連の事象と、トランプ大統領が賦課する関税のトレードという文脈でなされてきている。トランプ大統領が関税引き上げに言及し、その都度、中国側が譲歩の姿勢を見せて先延ばしを図る、という綱引きゲームのようなものだった。

 したがって、従来までの米中貿易戦争は「通商」の範囲内のことであり、原則としてはムニューチン財務長官やライトハイザーUSTR代表がメインのプレーヤーであった。

 しかし、トランプ大統領が中国の報復関税に対して、「中国からの米国企業撤退」に言及し、その際に国際緊急経済権限法に明確に触れたことは、トランプ大統領を取り巻く対外交渉のプレーヤーが切り替わったことを暗に意味する。なぜなら、それは一部のハイテク産業に関する話題だけでなく、中国との貿易戦争が全面的に安全保障問題に格上げされることを意味するからだ。

 今年半ばにトランプ政権は、メキシコとの交渉の際にも、不法移民の流入に対して同法に言及して安全保障問題として関税を賦課しようとした。この時は、ムニューチン財務長官・ライトハイザーUSTR代表が反対し、安全保障派のナヴァロやミュラーが賛成したと伝えられている。この時、メキシコは同問題が通商問題から安全保障問題にエスカレートすることを回避するため、メキシコ南部の国境地帯に治安部隊を展開し、不法移民問題に対処することを約束して事なきを得ることとなった。

 今回、トランプ大統領が貿易問題全般について同法に言及したことは上記の状況と同様のことが起きたと想定すべきだ。通商交渉ではなく安全保障・人権問題などの文脈からの対中交渉のプレーヤーの力が強まっている。背景としては、そのように切り替えを図ることで、中国が米国内で農業団体や商工団体などが関税に反対の声を強めていることを利用し対米交渉を行っている流れを断ち切ることになるからだ。つまり、トランプ発言は農産品の合意という中国にニンジンをぶら下げられた状態から抜け出て、米国側が対中国の主導権を奪い返すことを宣言したに等しい。

 通商交渉の文脈ではなく安全保障の文脈に切り替えることで、米国側は、中国政府高官財産凍結、金融機関制裁、投資の禁止、個別企業取引停止、香港・台湾への事実上の介入など、あらゆるカードが手札に並ぶことになる。これは米中の想像を超えた対立を引き起こすことになるだろう。劉鶴副首相がトランプ発言後に冷静な対話を呼びかけたのは当然であり、中国側も事態の深刻さに驚愕したものと想定される。

 以上のように、トランプ大統領がハードルを上げたことで、米中合意は一層難しくなっている。ただし、筆者は現段階では急転直下の両国の妥協成立の可能性が残されていると思う。両国が本当に引けなくなる瞬間は、今年一度見送りとなった「ペンス副大統領の第二の天安門演説」だろう。この演説が実行された時、米国の対中姿勢は決定的なものとなり、中国側も一歩も引くことができない状況に突入する。

 現在、香港情勢は非常に緊迫しており、来年には台湾総統選も予定されている。したがって、何かもう一歩事態が進展することがあれば、同演説が行われて両国の対立はポイントオブノーリターンとなる可能性が高い。我々はその瞬間が何時になるのか、について注意深く見守っていかなくてはならない。

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