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スターリン主義の呪縛 ソ連の罪認めぬロシア

《 記 者 の 視 点 》

ヨシフ・スターリン(1937年:Wikipediaより)

ヨシフ・スターリン(1937年:Wikipediaより)

 スイス在住のジャーナリスト、サーシャ・バッチャーニ氏の書いたドキュメンタリー『月下の犯罪』(伊東信宏訳、講談社)は、欧州の読書界を席巻した書で、祖父母、両親、作者と3世代にわたるハンガリー人の物語。書き出しはこうだ。

 「一九四四年春のある日、何世紀も続いてきたこの村の秩序ある暮らしは消え失せ、それとともにある一つの世界が消えた。最初にドイツ人がやってきて、その後でロシア人がやってきた」

 ドイツ人はヒトラーの軍隊で、軍人だった父親はその軍属になる。ロシア人はスターリンの軍隊で、父親は捕らえられて投獄され、西シベリアに送られた。続いてこう記す。

 「城館が焼け落ち、祖母の家族はすべて地所を失い、その地位も、社会における立場も失った」。スイスに移住した理由の一つだ。

 作者はこの本を書くに当たって、父親と共に、西シベリアに送られた足跡を追うべく取材の旅に出る。ソ連の戦争捕虜に関する諸文献を読み、モスクワにある収容所博物館に行ったが、博物館では得るものはなかった。その犠牲者は数千万人といわれているが、資料はあまりに貧弱。ナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に関しては、展示会があり、映画が作られ、資料館もできている。作者はその差に驚き、疑問にぶつかる。

 それを説明してくれたのはD・ペトロフという「メモリアル」という組織の代表。彼は共産党独裁体制について調べ、犠牲になった全ての人の名前と生涯を残そうとしていた。「ロシア人はスターリンについてなにも知らないし、学校でも子供たちにはなにも教えないのです」「それどころかスターリンを復権させる運動すらあり」「プーチン政権では前よりひどくなりました」と語る。

 メドベージェフ大統領の当時、博物館建造の意見が出されて、取り組む姿勢を見せたが、何も起こらなかったともいう。

 2019年9月、欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会は「欧州の未来に重要な記憶」を採択した。これは1939年の独ソ不可侵条約を、第2次世界大戦を引き起こすきっかけとなった、と位置付けている。

 国際機関が共産主義とナチスを同じ倫理基準で批判し、欧州諸国で歓迎されたが、ロシアのプーチン大統領は反発し、「第2次大戦をナチスから共産主義のせいに変えようとしている」と批判。ポーランドのモラウィエツキ首相は「プーチン大統領は、ポーランドについてたびたび虚偽の発言をしてきた」と事例を挙げた。

 今年8月は、ソ連で91年に保守派によるクーデター未遂事件が起き、ゴルバチョフ大統領が軟禁された事件から30年目の年。その評価をめぐって、ロシアでの様子が紹介された(小紙2021年8月19日付)。

 独立系世論調査機関レバダ・センターの調査では、事件は「国と国民に破滅的な結果をもたらした悲劇」との回答が43%と最多で、「共産党体制を終わらせた民主革命の勝利」は10%にすぎなかった。ゴルバチョフ氏は、西側では、冷戦を終結させた人物として人気が高いが、ソ連では低い。

 民主革命がうまくいかなかった理由を、民主改革派の政治家グレゴリー・ヤブリンスキー氏は時事通信のインタビューに答えて「スターリン主義とソ連が犯した罪に関する法的基準の欠如」「改革における間違いと大きな誤算」を挙げる。スターリン主義の呪縛(じゅばく)はいまだに解かれていないのである。

客員論説員 増子 耕一

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