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如何にして「ユダヤ人」となりしか

 イスラエルが制作したTV番組「Shtisel」(2013~2021年、3シーズン、33話)は首都エルサレムのゲウラに住む通称ウルトラ・オーソドックス・ユダヤ人(ユダヤ教超正統派)と呼ばれるユダヤ教徒たちの日々を描き、国内外で高評価を受けている。

 このコラム欄でも紹介したが、ユダヤ人のアイデンティティを考えるうえで参考となるシーンがあった。

ヘイス教授(米イェール大学のニュースサイトから)

ヘイス教授(米イェール大学のニュースサイトから)

 イスラエルは1948年5月14日、建国した。独立記念日は毎年盛大に祝われる。イスラエルではヨムアツマウートと呼ばれ、移動祝日だ。今年は4月15日だった。その日には空軍の航空ショーが行われる。多くのユダヤ人たちはその日、航空ショーを見ようと外で待っているが、超正統派ユダヤ人は航空ショーの見学を禁じられている。「Shtisel」の中で超正統派ユダヤ人が住むエリアの学校の子供たちは航空ショーを見たいが、ラビは勉強に集中するよう生徒たちに注意する。それには理由がある。

 超正統派ユダヤ人にとって1948年の独立記念日で始まったイスラエルはユダヤ人の本当の国ではない、という認識があるからだ。世俗派イスラエル人にとっては独立記念日はれっきとしたユダヤ民族の国家建設を意味するが、超正統派ユダヤ人にとってはメシアが来臨し、国が建設されるまでは民族の国家は存在しないのだ。

 参考までに、ドイツには「旧ドイツ帝国公民」と呼ばれる国民がいる。「旧ドイツ帝国公民」は、ドイツ連邦共和国や現行の「基本法」(「憲法」に相当)を認めない。だから、政治家や国家公務員の権限を認知しない。ドイツ日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングのコラムニストは「旧ドイツ帝国公民」運動を「ファンタジー帝国」と呼んでいる。超正統派ユダヤ教徒には自身の国はまだ存在しない一方、「旧ドイツ帝国公民」にとって、ドイツは過去にしか存在しないわけだ。

 イスラエルでは18歳以上の男性、女性に兵役義務がある。男性は3年間、女性は2年間だ。イスラエルの青年たちは兵役を通じて国、民族のアイデンティティを肌で体験していく。ところで、超正統派ユダヤ人の宗教学生は兵役から解放されていたことがある。2011年には一部改正され、超正統派ユダヤ人の若者も兵役が義務づけられたが、完全には履行されていない。超正統派ユダヤ人にとって「神の国」の兵士となっても「この世」の兵士とはなれないのだ。

 米国のユダヤ教徒コミュニティには興味深いトレンドが見られる。米国居住の高等教育を受けたユダヤ人には仏教に惹かれる傾向があるのだ。仏教は瞑想の手段と考えられ、異教に改宗したという批判を受けずに済む。また、仏教には神が登場しないから「どの神か」といった神論争をすることもない。だから、ユダヤ教徒で仏教に惹かれ、瞑想を実践する通称ジョブ(JUBU)と言われるユダヤ人が増えてきている。ちなみに、ローマ帝国の統治時代、パレスチナ地域で既に仏教への関心を持つ人間がいたという説もある。

 ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王朝時代を迎えたが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ帝国下に入った。そしてペルシャ王朝のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させた。イスラエルのユダヤ教の発展は、ペルシャで奴隷の身にあったユダヤ人に対し、ペルシャの当時のクロス王がユダヤ人の祖国帰還を許してから本格的に始まる。

 米イェール大学のクリスティーネ・ヘイス教授(旧約聖書学者)は2016年6月、エルサレムのシンクタンクで「ユダヤ民族のアイデンティティ」をテーマに講演している。ヘイス教授は「ユダヤ人のアイデンティティ」を3カテゴリーから考えている。①メモリー(コレクト・メモリー)、ユダヤ教の歴史を継承する人間、②神とモーセの間で結ばれたCovenant(盟約)を遵守する人間、③ユダヤ人の夫婦の間の出産を通じて、だ。

 ①は、ユダヤ民族の規律、倫理を自分の責任をもって継承し、実践する。例はルツだ。彼女はユダヤ人ではなかったが、義母を支えて、その家系の血統を守った。②は、出エジプト記19章で記述されているように、神とユダヤ人の間で交わされた神の教えを守ればユダヤ人となれる。ヘイス教授は、「人はユダヤ人となるのであって、元々ユダヤ人として生まれるのではない」と表現している。ユダヤ人社会では12、13歳になるとユダヤ人の教えを守るか否かを問う儀式を行う。新しい世代になれば、彼らは同じように神の前に誓約する。すなわち、各自が神の前にトーラー(モーセ五書)を遵守するという誓いをたてなければユダヤ人と見なされないのだ。③は、ユダヤ人には神が選んだ民族という選民意識がある。Holy personだ。神の無条件の恩恵だ。

 旧約時代の律法学者エズラ(前5~4世紀)はユダヤ人の純粋性の回復に務め、ユダヤ人は夫婦がともにユダヤ人でない限り、ユダヤ人とは呼べないと主張した、改宗してユダヤ人とはなれないというわけだ。もちろん、律法学者の中には当時、エズラの教えが厳密過ぎるとして拒否する者も少なくなかった。エズラの主張は、「ユダヤ人として生まれるのであって、ユダヤ人とはなれないのだ」というのだ。ちなみに、ユダヤ民族の歴史では、お父さんがユダヤ人だったら、そこから生まれた子供はユダヤ人と受け取られたが、ユダヤ人がローマ帝国によって統治されていた時代はローマの慣習の影響を受けてか、ユダヤ人か否かは母親がユダヤ人であるかが重要視された、といった具合だ。時代によってユダヤ人のアイデンティティに変化があったわけだ。

 ヨルダン川で悔い改めの洗礼を施していた洗礼ヨハネは、「自分たちの父にはアブラハムがあるなどと心の中で思ってもみるな。神は石ころからでもアブラハムの子を起こすことができるのだ」と述べ、神の民族としても誇りを持ちすぎて傲慢になるユダヤ人を諭している(「マタイによる福音書」3章9節)。ヘイス教授のカテゴリーからいえば、そのユダヤ人のアイデンティティは①と②に該当する内容だ。

 日本のキリスト教思想家内村鑑三の著書に「余は如何にしてキリスト信徒となりしか」がある。長い歴史を有するユダヤ民族にとっても、そのアイデンティティは多様であり、時代の影響を受けてきた。ユダヤ人を含め21世紀の現代人は自身の真のアイデンティティを模索しているのではないか。

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