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神からメッセージが届いた!!

 今回のコラムのタイトルのように叫んだら、きっと「狂人」扱いされるかもしれないが、暫く読み続けてほしい。神は不可視の存在だから、あそこにいる、ここにいる、と言えないが、神の創造世界である可視世界の現象、事例をよく観察すれば、神がどのような存在かを推測できるはずだ。

 パウロは「ローマ人への手紙」第1章20節の中で「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない」と述べている。

2000年前の旧約聖書の写本の断片(バチカンニュース公式サイトから)

2000年前の旧約聖書の写本の断片(バチカンニュース公式サイトから)

 神は沈黙していない。21世紀の現在も様々な方法を通じて語りかけていると考えられる。これは単なる一信者の「信仰告白」ではない。喧噪な現代社会で、神の声が聞き取れないだけで、神は寡黙ではないはずだ。

 それを裏付けるニュースが飛び込んできた。イスラエル政府は16日、イスラエル考古学庁(IAA)がユダヤ砂漠の「恐怖の洞窟」内で発見した約2000年前の聖書の写本の一部などを公表した。考古学者によると、ヨルダン川西岸の死海近郊のクムラン洞窟で1947年から56年の間で発見された約900本の聖書の写本「死海文書」に匹敵する大発見という。考古学者は自分が見つけたものを過大評価する傾向があるが、今回発見された聖書の断片は非常に興味深いことは事実だ。

 バチカンニュースによると、発見された聖書の写本の断片は古代ギリシャ語で書かれ、ヘブライ聖書(旧約聖書)の12小預言書の「ゼカリヤ書」と「ナホム書」の断片という。考古学者の今後の研究結果を待たなければならないが、「ゼカリヤ書」第8章16節から17節の断片が明らかになっている。「ナホム書」では1章5節、6節の断片だ。そこに何が記述されていたのか。該当する箇所を先ず、日本語訳聖書から紹介する。

 「あなたがたのなすべき事はこれである」という万軍の主の言葉から始まり、「あなたがたは互いに真実を語り、またあなたがたの門で、真実と平和のさばきとを、行わなければならない。あなたがたは、互いに人を害することを、心に図ってはならない。偽りの誓いを好んではならない。わたしはこれらの事を憎むからであると、主は言われる」(「ゼカリヤ書第8章16節から17節)

 「もろもろの山は彼の前に震い、もろもろの丘は溶け、地は彼の前にむなしくなり、世界とその中に住む者も皆、むなしくなる。だれが彼の憤りの前に立つことができよう。だれが彼の燃える怒りに耐えることができよう。その憤りは火のように注がれ、岩も彼によって裂かれる」(「ナホム書」第1章5,6節)

 12小預言書は統一王国時代からユダと北イスラエルに分割され、バビロンに捕囚された後、メシアを迎える準備に入るまでに記述された預言書といわれる。いずれも悔い改めと新しい時の訪れの近いことを預言している。

 当方は、今回発見された「ゼカリヤ書」第8章16、17節が21世紀に生きる現代社会への神のメッセージではないか、と考え出している。どうして「イザヤ書」や「エレミヤ書」など他の大予言者の断片でなく、共観福音書の断片でもなく、「ゼカリヤ書」や「ナホム書」の断片が今回発見されたのか。旧約聖書「アモス書」3章には「まことに主なる神は、そのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」といわれる。全ては偶然ではないはずだ。だから「ゼカリヤ書」第8章の聖句は神が今、私たちに最も伝えたい内容ではないか、という推測が出てくるわけだ。

 それでは「ゼカリヤ書」の断片をもう少し検証してみよう。神は「あなた方は互いに真実を語れ」と諭している。フェイクニュースが巷に流れ、真実はぼかされ、フェイクニュースが真理のように幅を利かしている。そこで神は「真実を語れ」と強調する一方、「真実と平和のさばきとを」と付け加えている。すなわち、単に真理ではなく、平和をもたらす真実を語れというわけだ。真実は相手を裁くためにあるのではなく、相手と平和を樹立するためにあるというわけだ。その上で、「人を害すること」に警告を発し、「偽りの誓い」を戒めている。

 紀元前に語った内容が、21世紀の現代社会にもズバリ、当てはまる内容だ。神から離れた人間の言動はどの時代も同じだからだ、と言われればそれまでだが、やはり注目に値する指摘ではないか。少なくとも、神はフェイクニュースの氾濫に危機感を持っていることだけは分かる。

 イスラエル人が最も尊敬してきたダビデ王は戦後、「ダビデの家」の遺跡が考古学者に発見されて、その存在が初めて確認された。それまではダビデ王は聖書の中の英雄に過ぎなかった。イスラエル人60万人をエジプトから導き出しカナンに引率したモーセについては、考古学者はまだ何も発見していない。「モーセの墓」も見つかっていない。しかし、ダビデ王と同様、モーセ関連の遺物が近い将来見つかるかもしれない。ただ、いつ、どこでは神の領域だから、われわれは予測できないだけだ。

 21世紀に入り、紀元前の「ゼカリヤ書」の断片が今回見つかった。神が必要と判断すれば、通称「トリノの聖骸布」と呼ばれている、イエスの遺骸を包んでいた「聖骸布」(1353年、フランスのリレで発見)に次いで、これまで不明だった「イエスの墓」が考古学者によって見つかるかもしれない。案外、その時が近いのではないか。なぜならば、神は語らなければならないことが多くあるからだ。「ゼカリヤ書」と「ナホム書」の断片の発見は「神は沈黙していない」ことを改めて裏付けたことになるだけに、やはり大きな発見というべきだろう。

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