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戦争カバン

韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 北朝鮮が1994年6月、国際原子力機関(IAEA)脱退を宣言すると、ソウルでは買いだめ騒動が起こった。当時のマスコミは「漢陽ストアの汝矣島・新盤浦・新東亜店でコメをはじめ、ラーメン、缶詰類、カセットコンロと専用ガスボンベなど、非常用品を購入する客で混雑する現象が発生した」として「新盤浦・汝矣島店ではコメとラーメン、ガスボンベの在庫が底をつくなど、平素の2~5倍以上の販売量を記録した」と報じている。政府は1980年代から北朝鮮発の危機が発生する度に頭をもたげる深刻な買い占めや売り惜しみを統制したが、生存のための行動なので統制できるはずがなかった。

 米国と英国はさらに進んでいる。生存主義(Prepper)運動として普遍化している。大恐慌や金融危機の時は金の買いだめなど経済(上の生存)戦略が話題になったが、核戦争の影が広がる時期には生存戦略が最大課題だった。1980年代初、米国と旧ソ連との核戦争勃発の憂慮が高まると、米国の住民たちは住宅の地下に避難用バンカー(シェルター)を造った。あるプロテスタント教派は信徒に1年間の食料を準備するよう指示したが、近ごろは3カ月分に変わった。非常用の生存キットの一般的なものは72時間用だ。3日間耐えられる食料と水、道具などが入っているが、救助隊が到着するまで耐えるための必需品だ。

 今年に入って北朝鮮の核・ミサイル危機が高潮し、米国では最先端のカプセル型シェルターを造る会社が株価を上げている。1959年に核爆発時の避難用シェルターを造って実際に試験したアトラスという会社だ。日本からの注文が殺到して日本支社を設立した。避難用トンネルにはシャワー室、ベッド、ソファー、台所などが備えられている。価格は3万~10万㌦。ソウルでもかつて住宅に地下室を造るようにしたことがある。主にリビングルームに地下室を造り、厚い木で覆った。非常用だったが、だんだん練炭保管用の倉庫となり、そのうちになくなった。

 最近、ソウル・江南のある会社が社員たちに秋夕(旧暦8月15日、伝統的な祝日)用の贈り物として“戦争カバン”を配ったという。非常食、寝袋、防毒マスク、ラジオ、方位磁石、使い捨てカイロ、アーミーナイフなど15の非常用品が入っている。通称“生存リュックサック”を配ってなぜ戦争カバンと呼ぶのか。羊飼い少年の嘘によって鈍化した生存本能を覚醒しようということなのだろうか。

 (9月26日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

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