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なぜ続く、不当な“サード報復”

韓国紙セゲイルボ

韓中対立の根に漢族覇権主義

 乾隆帝期の清は中国大陸を占めた歴代王朝で最も強盛だった。よく丙子胡乱(へいしこらん)(1636年)を挙げて清を侵略的な国家と考えるが実状はそうではなかった。乱以後270年近い「朝鮮の平和」は清があったことで可能だった。

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高出力ロケットエンジンの地上燃焼実験を視察する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(中央)。朝鮮中央通信が19日報じた(朝鮮通信=時事)

 しかし漢、唐は違う。時をわきまえず侵略と併呑を夢見た。漢の武帝は衛満朝鮮を滅亡させ、初期高句麗と争闘した。唐の太宗と高宗は高句麗に侵入して、新羅まで併呑しようとした。漢と唐は漢族、清は女真族(満洲族)の国だ。漢族の侵略的属性を挙げればきりがない。

 今の中国は漢族の国だ。妥当でない“サード(高高度防衛ミサイル)報復”はなぜ続くのか。漢族の国だからだろうか。歴史的な「漢族覇権主義」が蘇(よみがえ)ったのか。東北アジアの緊張は米中対立のためというが、それは現象だけを見ていう言葉だ。

 本末を問い詰めれば、対立の根は中国の方にある。覇権国になろうとすれば、周囲四方が争いの場に変わる。その結果は何か。ならず者が力を振るう「無道之天地」に変わってしまう。北朝鮮の“核恐喝”も中国の無道がそそのかしたものだ。

 信頼が壊される。中国が鋭い牙を覗(のぞ)かせたためだ。口中に鋭い牙を隠し持っていることを確認した今、信頼するのは難しい。大国は大国のままに、小国は小国なりに生きる道を企てざるを得ない。それが東北アジアの歴史の方向だ。歴史の残酷な退行だが、それが現実だ。

 何をしなければならないだろうか。韓半島非核化か。戦術的には理解できる。しかし非核化の主張は虚空に向けて叫ぶ弱者の叫びではないか。力強い者が拳を振り回すところに、弱い者の声が聞かれることは皆無だ。

 戦いに鍛練された米国の目は違う。ティラーソン米国務長官は、「韓国・日本の核武装を考慮しなければならないこともある」と言及した。拳を振り回す者に対抗する方法は力しかない、ということを経験則で知っている言葉であるようだ。

 自分の命を守る盾(サード)一つ持つことができない韓国。国民の生命は誰が守るだろうか。無力な国民は命乞い、もの乞いすることも難しい。そのような事実は歴史と世界のニュースにたっぷり出てくる。

(姜浩遠(カンホウォン)論説委員、3月27日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

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