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    中村 仁
    元全国紙経済記者
    石平
    石平
    評論家

    「正男氏暗殺」は余りにもズサン!

     マレーシアからの情報によると、「金正男氏暗殺事件」を捜査中の現地の警察当局が18日、北朝鮮の旅券を所持する46歳の容疑者(リ・ジョンチョル)を逮捕したと発表した。犯行が北の仕業の可能性が濃厚となってきた。同時に、その結論が正しいとすれば、北朝鮮の工作活動も変わった、といわざる得ない。

     拘束された北旅券の持ち主はマレーシアでの労働ビザを所有していたという。その人物が正男氏暗殺に係っていたことになる。こんなズサンな暗殺計画はない。その人物が数日後、逮捕されたとしても不思議ではない。

     それに先立ち、ベトナム人とインドネシア人の旅券を有する2人の女性が逮捕されたが、女性の動向はどう見ても北の訓練された工作員とは程遠い。犯行後も現場に数日間留まり、警察当局に逮捕されたベトナム女性は暗殺した男性が金正男氏だったと聞いても、「金正男氏は誰?」と聞いてきたという。こんな暗殺計画があるだろうか。これでは殺された正男氏は浮かばれない。

     マレーシアの「金正男氏暗殺事件」の背後で北朝鮮の対外工作機関「偵察総局」が暗躍していた可能性があるという。正男氏の暗殺が報じられた直後から日韓メディアは「北側の仕業」と受け取ってきた。実証はなかったが、正男氏の動向を知っている韓国や日本の北朝鮮ウォッチャーは「北の犯行」とみていた。もちろん、それなりの理由はある。

     殺人事件が発生した場合、捜査当局は通常、犠牲者の死で誰が最も利益を得るかを考えるものだ。正男氏の場合、異母弟の北朝鮮最高指導者金正恩氏の名前が直ぐに浮かび上がってくる。北側は過去、数回、正男氏の暗殺を計画してきたし、正男氏自身も生前、「弟は自分を殺そうとしている」と語っていたという。その意味で、捜査当局が「この暗殺は北側の仕業」と受け取ったとしても不思議ではない。

     興味深い点は、北の偵察総局が正男氏の暗殺に関与していたとすれば、その暗殺のやり方はこれまでの方法とは明らかに違うことだ。具体的にいえば、①異国の2人の女性を正男氏暗殺目的のために雇った、②逮捕された北旅券を有する容疑者はマレーシアで労働ビザも所持していた―ことだ。

     北は過去、外国から拉致した人物を言語や文化の教育担当係にし、自国のスパイや工作員を徹底的に教育した。犯行する国で正式に労働ビザを登録した北朝鮮人工作員(外交官、ビジネスマン)を不法工作には使わないし、異国のキラーを雇うことはなかった。

     大韓航空機爆発テロ事件の実行犯で生き延びた北の女性工作員・金賢姫の証言を読めば、北が完全なスパイ工作員育成プログラムを有していることが分かる。その北が今回、自国工作員ではなく、金で雇ったキラーにその暗殺をやらせ、その犯行後の逃亡方法などを緊密に検討した形跡が見られない。そもそも、多くの旅客が集まり、監視カメラが至る所に設置されているクアラルンプール国際空港内で暗殺を実行することは余りにも冒険的だ(「『正男氏暗殺』の主犯は本当に北側か」2017年2月17日参考)。

     考えられるシナリオは、北側は、金正男氏がマカオに戻るという情報を犯行数日前に入手したため、準備時間がなかったが、平壌の指令で慌てて暗殺を実行に移したのかもしれない。

     以下は当方の推測だが、北は今後、日本や海外で日本人を拉致し、スパイ・工作員の教育係にするといったやり方から決別するのではないか。その代わり、緊急の場合は異国人キラーを動員し、長期的には2重国籍所有者を増加させ、異国で不法工作を実施していくのではないか。オーストリアでも北朝鮮人のオーストリア国籍所有者が既にいることはこのコラム欄でも紹介済みだ。オーストリアの国籍を獲得した北朝鮮女性は自由に欧州域内を移動できるし、韓国だけではなく、国交関係のない日本にも自由に訪問できる。工作が暗礁に乗り上げたとしてもダメージは少ないからだ(「北外交官夫人が2重国籍者の時」2016年11月8日参考)。

     結論を下すためには更なる情報が必要だが、マレーシアの「正男氏暗殺事件」が北の仕業とすれば、ズサンであり、隙間だらけの暗殺計画といわざるを得ない。

    (ウィーン在住)

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