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ロバート・キムの手紙

韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 連邦捜査官たちが自宅を急襲し、その手には冷たい手錠がかけられた。米海軍の情報分析官として働いていた彼はその日、全てのものを失った。北朝鮮の潜水艦が江陵沖に侵入した事件などに関する情報を韓国に提供したという罪状だった。他の友邦諸国に提供された情報だったが、彼にはスパイという汚名が着せられた。在米韓国人、ロバート・キムの話しだ。

 1996年秋に始まった収監生活は8年間も続いた。家族の暮らし向きは家賃を払えないほど傾いて破産申告をするまでになった。妻は雑役で生計を立てながら、毎週末には300㌔離れた夫の刑務所に駆け付けた。往復8時間もかかる苦難の道だった。彼と妻の頭髪はいつの間にか白く染まっていた。

 ロバート・キムの韓国名は金采坤(キムチェゴン)だ。祖国のために人生を捧(ささ)げたが、彼の名は祖国で忘れ去られた。長い収監期間に韓国では三つの政権が過ぎ去ったが、彼にしてあげたことは何もない。彼が逮捕された当時の大統領は「個人的な問題であり、韓国政府とは関係ない」と言い放った。後任の大統領は北朝鮮を意識して顔をそむけた。情報流出で無期刑を宣告された1人のユダヤ人を救おうと首相まで立ち上がったイスラエルとはあまりにも対照的な姿だった。

 しかし、彼は祖国を捨てなかった。刑務所を出ると祖国の知人たちにEメールで手紙を送った。安全保障をはじめ教育、政治、歴史、市民意識などに対する問題意識と発展方向を盛り込んだ内容だった。祖国に向けた一種の“ラブレター”だった。最近、彼は8年間送った425通の手紙の中から80通余りを選んで『ロバート・キムの手紙』という本を出版した。

 本の出版の背景には財閥会長の隠れた善行があった。ハンファグループの金昇淵(キムスンヨン)会長はロバート・キムが収監生活を始めた年から出所するまで8年間、陰で金氏の家族の生活を援助した。冬には防寒用の帽子とマフラーを刑務所に送った。本の出版も金会長の経費支援によって可能になったという。金会長は「先生にはその祖国愛に負債を負っている」と語ったが、負債を負っているのは金会長だけではないはずだ。

 「裕福な家に嫁入りした貧しい家の娘が、実家が大変だという話を聞いてどうしてじっとしていられるだろうか。祖国のためにしたことに後悔はない」。国家安保が地域住民のエゴによって危機に瀕する今日、彼の熱烈な愛国心を手放しで喜んでばかりはいられない。

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

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