ワシントン・タイムズ・ジャパン

鳳仙花(ホウセンカ)

韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 丁酉再乱(慶長の役)の時、日本に捕虜として行った姜”は「看羊録」にこのように記した。「乙未年、丙申年以来、4、5年間、数日おきに地震のない日がない」。乙未年は1595年、丙申年は1596年だ。その頃、日本には大きな地震があった。豊臣秀吉。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)を起こした1592年、京都の本拠地を作るために宮殿のような城を造った。伏見城。規模がものすごかったようだ。1596年に京都を襲った地震は4年の大工事は泡と消えてしまった。看羊録にはこのように記されている。「城と家が全て壊れた。…東側に新しく城を建てることにし昔通りの姿に造った」。壊れればまた建てる日本人の応戦ぶりがうかがわれる。

 それから327年後、今度は東京に大地震が起こった。1923年の関東大地震だ。数多くの犠牲者が出たが、同じように再起した。しかし違う点があった。朝鮮人を犠牲の羊にしたことだ。「朝鮮人が井戸に毒を入れて略奪をほしいままにした」。こんな流言飛語を流した後、悲劇が起こった。6000人を超える朝鮮人が日本の軍警と自警団に虐殺された。

 なぜそうしたのか。怒る民心の矛先をかわそうとする浅はかな言動が目に浮かぶ。しかし、それこそが拭いがたい歴史に対する犯罪であることを彼らは考えていただろうか。それによって越え難い不信の壁はいっそう高くなったのではないか。

 歌曲『鳳仙花』は関東大地震の直後に作られた歌だ。洪蘭坡は踏みにじられた民族の悲しみを描いた金享俊の詩にバイオリンの調べをつけた。『垣根の下に咲く鳳仙花よ/お前の姿がもの悲しい/長く長い日、夏の季節に/美しく咲く頃…』

 その鳳仙花が日本に再び咲くようだ。日本の市民団体「ほうせんか」は関東大震災の犠牲者を追悼するために荒川の川辺に鳳仙花を植えたという。荒川は東京の北側を流れる川だ。1カ月後、荒川の堤の片隅に咲く鳳仙花はどのような姿で満開になるだろうか。

 地震がまた日本列島を襲った。熊本地域には余震が止まらない。900回近い余震が続いているという。「数日おき」ではなく、休む間もなく大地は揺れる。「東京に明日大地震が起こるかもしれない」と日本の地震学者が語った。それだけ心配が大きいということだ。

 日本のSNSにまた流言飛語が流された。「朝鮮人が毒を投げ込んだ」と。熊本に鳳仙花を植えたらどうだろうか。嘘を取り払って互いに助け合わなければならないという意味を込めた鳳仙花を。

 (4月26日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

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