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住民から外貨紙幣奪う?北朝鮮当局の外貨不足深刻化か

 北朝鮮経済は、実際のところ、危機に陥っているのか、そうではないのか。このあたりは当ウェブサイトでもずいぶんと論じてきたつもりですが、その実情は、やはりいまひとつわかりません。ただ、断片的に伝わる情報を読み解いていくと、じつは北朝鮮で外貨準備が枯渇していて、住民が「タンス預金」している外貨を政府が吸収しようとしているのではないか、といった仮説も成り立つようです。


●北朝鮮の物価の謎

 以前の『「物資不足」なのに「物価安定」?北朝鮮経済の謎解き』を含め、当ウェブサイトでは「知的好奇心を刺激する話題」のひとつとして取り上げて来たのが、「北朝鮮の物価」という話題です。

 『アジアプレス・ネットワーク』というウェブサイトには、以前から『<北朝鮮>市場最新物価情報』というページで、北朝鮮ウォンで測定された北朝鮮の主要4品目(ガソリン、軽油、コメ、トウモロコシ)の物価と、1米ドル、1人民元あたりの北朝鮮ウォンの為替相場の推移が掲載されています。

 これについては、今年6月頃に、とくにコメ、トウモロコシの価格が暴騰する一方で、為替相場については下落(=北朝鮮ウォンの価値が上昇)するという、非常に不思議な現象が見られました。

 当ウェブサイトではこれについて、北朝鮮の物価水準には短期的な乱高下はあるにせよ、漏れ伝わる窮状にも関わらず、北朝鮮の物価が驚くほど安定しているという点についてはさまざまな仮説を出してきたところです。

 たとえば、国家が破綻したソマリアの通貨・ソマリアシリングのように、発行体が破綻したにも関わらず、紙幣自体がいまだに流通しているというケースもありますので、北朝鮮ウォン自体も、北朝鮮国内の住民からは通貨として信頼され、流通している、というのが、現状では最も説得力のありそうなシナリオです。

 つまり、物価というのは「モノの値段をカネという尺度で示した指標」ですが、それと同時に、意外と多くの人が忘れているのは、「カネの値段をモノという尺度で示した指標」でもある、という点でしょう。

●北朝鮮の物価と為替レートの推移はどうなっているのか

 モノ自体が不足していれば物価には上昇圧力が加わりますが、カネ自体が不足していれば、物価には下落圧力が加わるのです(※余談ですが、白川方明・前日銀総裁を筆頭に、歴代日銀総裁がやってきたこととは、まさに「市場にカネ不足」が生じているのに、カネを供給するのを渋ったという行為でもあります)。

 ここで、『アジアプレス・ネットワーク』が公表している物価データをもとに、コメ・トウモロコシ(図表1)、ガソリン・軽油(図表2)の物価と、人民元・米ドル(図表3)の為替レートを確認しておきましょう。

■図表1 北朝鮮の物価(コメ・トウモロコシ)


20211013-05-01

■図表2 北朝鮮の物価(ガソリン・軽油)


20211013-05-02

■図表3 北朝鮮の為替相場(米ドル・人民元)


20211013-05-03

(【出所】『アジアプレス・ネットワーク』の『<北朝鮮>市場最新物価情報』を参考に著者作成)

 いかがでしょうか。

 食料品であるコメ、トウモロコシの価格が今年6月頃、いきなりジャンプし、そのあと元どおりになっていることが確認できる一方、為替レートについては米ドル、人民元ともにガクン、ガクンと切り下がっている(=北朝鮮ウォンの価値が上昇している)ことが確認できるでしょう。

 こうした動き、大変に不自然なものです。

 物資困窮により経済が崩壊するならば、ガソリン、軽油も含めてすべての物価が急騰してていなければおかしいはずですし、為替レートについても切り上がっていかなければおかしいはずです。

●中央日報「北朝鮮の外貨吸収作戦」

 すなわち、アジアプレス・ネットワークの調査が正しければ、6月前後において、北朝鮮で何らかの異常事態が発生していた可能性があるのですが、これに関し、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に本日、こんな記事が掲載されていました。

【中央時評】北朝鮮の外貨吸収作戦と金与正の「実践」(1)


―――2021.10.13 10:55付 中央日報日本語版より

 中央日報によると、北朝鮮当局が最近、外貨不足に陥っていて、住民が保有する外貨を政府が「吸収」するために、「あたかも市場の需給によりドルが切り下げられているかを装う」という、いわゆる「闇の下落作戦」が展開されたというのです。

 残念ながら、記事を数回読み返してみても、その「闇の下落作戦」の具体的な内容については、記事から読み取ることは難しいのですが、あえて当ウェブサイト側にて忖度(そんたく)し、この記事の執筆者がいわんとすることを展開すると、おそらくは次のようなシナリオです。

「軍など国家が保有する備蓄のコメ、トウモロコシを放出するに当たり、自国通貨による売渡価格を釣り上げる一方、外貨による売渡価格をわざと引き下げることで、北朝鮮の住民が外貨を放出しやすい環境を作った」。

 こうした理解が正しいかどうかは、よくわかりません。

 なにせ、中央日報の記事自体が、肝心のメカニズムについて詳しく説明していないからです。

 ただ、現実の価格の推移をみると、やはり北朝鮮政府が自国通貨・北朝鮮ウォンの発行量を厳しく制限していて、また、外貨の使用にも制限をかけているため、北朝鮮ウォンの相対的な価値が上昇し、外貨の価値が相対的に下落している、という仮説は十分に成り立つものです。

 つまり、今年6月から7月にかけての物価の乱高下は、北朝鮮が自国民から外貨の紙幣を巻き上げるための何らかのオペレーションの結果、生じた変動のようなものであり、それだけ北朝鮮の外貨不足が深刻化している、という、間接的な証拠といえるのかもしれません。

●北朝鮮はむしろ苦境に?

 以上の理解のもとで、リンク先のコラムをもう少し読んでみましょう。

「筆者の推定によると、2017~19年に北朝鮮住民の家計所得はそれまでの3年と比べ25%減り、制裁の衝撃を最も少なく受けるセメント産業の昨年の生産量も2015年より25%減少した。北朝鮮政権は初期には制裁の影響を過小評価したがいまはその重さを実感している」。

 つまり、国連安保理の経済制裁の効果がここにきて北朝鮮経済を揺さぶっている、というわけです。これにコロナ禍が重なり、経済難が遥かに深刻化した、というのが中央日報の見立てであり、「最も緊急な問題」は、「政権が使用できる外貨準備高が速いスピードで減少している」、ということなのだとか。

 だからこそ、北朝鮮はなりふり構わず外貨を手に入れようとしているのであり、とくに今年の春先の『国連パネル「北朝鮮が暗号通貨3億ドル窃盗」等を報告』などでも出て来た暗号資産窃盗などの話題も、これと軌を一にしていると言えるのかもしれません。

 いずれにせよ、北朝鮮に拉致された日本人全員の無事の帰国は、私たち日本国民にとっては悲願でもあります。北朝鮮経済が困窮し、北朝鮮の政権が崩壊するような事態が生じる前に、北朝鮮が何らかのアクションを起こして来るのかについては、注意が必要といえるでしょう。


「新宿会計士の政治経済評論」より転載
https://shinjukuacc.com/20211013-05/

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