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鬱憤の国

韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 文在寅大統領は実に幸福への関心が強い。潜龍時代には“幸福の国”ブータンを訪問してきた後に「国民を幸福にできなければ政府の存在価値がない」と断言した。自叙伝にはこう書いている。「幸福な時には幸福にしてください。幸福な表情を後回しにしないでください」「今日も笑います。目じりに小じわができるように」。

 大統領の座に就いた彼は就任後初の新年の辞で、「国家は国民により幸福な生活を約束しなければならない」と語った。去年の元日の山登りでは、登山客の手を握りながら「国民たちは幸福になる資格がある」と叫んだ。しかし、国家未来研究院が発表したその年の第4四半期の韓国人の幸福指数は2003年の同指数作成以来、最悪だった。08年の世界金融危機の時よりも低い50・88点だった。国連の傘下機関が発表した「2021世界幸福度レポート」でも韓国の幸福度は95カ国中50位にとどまった。

 一昨日には、国民の10人に6人が慢性的な鬱憤(うっぷん)状態だという衝撃的な診断が発表された。ソウル大の保健研究チームの「2021年韓国社会の鬱憤調査」によると、鬱憤が続いていたり、専門家の手助けが必要な“慢性的な鬱憤集団”の割合が全体の58・2%に達した。昨年調査時の47・3%から大きく悪化した。

 今度の調査では、鬱憤を刺激した主犯は「政治・政党の不道徳と腐敗」だった。実際、わが国の政治の現実はその通りだ。会社の金を横領して娘のポルシェ車リース費用に充てた李相稷議員は「ポルシェは娘の安全のためのもの」だと言い繕った。鄭義溶外交部長官(外相)は、北朝鮮の(文在寅大統領への)「ゆでた牛の頭」(従順でなく気に食わない人間に対する比喩)暴言を「われわれと交渉を再開しようという切実さ」として解釈した。権力者の輩は“皇帝への取り調べ”“皇帝の休暇”のような(特権を利用した)反則を犯しても、むしろ大口をたたく。とてもしらふではできないことだ。

 精神病院を慰問した権力者を皮肉るユーモアがある。患者たちが病院のさせた通り、一斉に権力者に歓呼を送ったが、ただ一人だけが拍手をしなかった。権力者が「どうして彼は歓呼しないのか」と訊くと、病院長が答えた。「彼だけが今日正常です」。常識と規範が崩壊した状況で、どうして歓声が出てくるだろうか。幸福そうに笑うことができるのは、大統領の支持層である“ムンパ”だけであるはずだ。

 (4月23日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

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