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中国にこそ学ばせたい「飲水思源」、韓国の歴史・文化、絶えず否定

韓国紙セゲイルボ

 昨年10月、防弾少年団(BTS)が韓国動乱70周年と関連し「韓国と米国の苦難の歴史」と発言すると、中国人は韓国動乱参戦は「抗米援朝」だったと言い掛かりをつけた。韓国を奇襲した北朝鮮の侵略戦争であることが国際的、歴史的に明白なのに、これを自分たちだけの論理で美化したのだ。

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韓国ソウル市の延世大学キャンパス内にある詩人・尹東柱の詩碑(延世大学HPより)

 これは始まりにすぎなかった。キムチ、韓服、詩人尹東柱(ユンドンジュ)など韓国の歴史・文化に対する否定・歪曲(わいきょく)が絶えず起こっている。昨日今日の話ではない。特に尹東柱の中国籍と朝鮮族表記はサイバー外交使節団バンクが2016年に問題を提起したが変わっていない。

 尹東柱は北間島と呼ばれた現在の中国吉林省龍井で生まれ(1917年12月)、日本福岡で殉国した(45年2月)のは中華人民共和国成立(49年)前だ。さらに中国内の朝鮮族として民族が公式に区分された中華人民共和国憲法の公布(54年)よりも遥(はる)かに前である。

 中国は単に現在の自国領土で尹東柱が生まれたという理由で国際関係、歴史、文化など、当時の状況を考慮せずに、尹東柱を中国人と規定したわけだ。

 韓国の代表的叙情詩人であり独立活動家である尹東柱をこうした理由をいちいち挙げて韓国人だと説明しなければならないこと自体が事実に適合しない。そもそも尹東柱を知る中国人がどれくらいいるのか。彼のハングルの詩を読める者が何人いるのか。『星を数える夜』や『序詩』を読んで、胸にしみる感動を感じる者がいるのか、訊ねたい。

 キムチもやはり、中国は漬物である「包菜」と、漬けた後に発酵過程を経たキムチを同一線上で比較する。国際的にも異なる食べ物であることが判明しているのに、自国の調理方式が似た食べ物基準に組み入れている。キムチチゲの辛いけれどもさっぱりした味を分かる中国人がいるのか。

 習近平国家主席が2016年の韓中首脳会談で語った「飲水思源」(水を飲む時その源を考える)という言葉を中国人にそっくりそのまま返したい。中国は韓国が敏感に反応し過ぎるという。自国のネチズンが言い出し、環球時報などが論議を膨らまし、雰囲気を見て外交部が出てくるパターンを繰り返していながらだ。

 両国の民間レベルでこうした雰囲気が強くなれば、来年の韓中国交樹立30周年を控えて宣布された「韓中文化交流の年」はうわべだけの交流に終わるだろう。しかも来年3月韓国は大統領選挙がある。米中対立が高まる中、選挙イシューとして韓国に反中感情が浮上することを中国も望みはしないだろう。

(イ・キジン北京特派員、2月22日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

ポイント解説

歴史論争避けたい韓国の本音

 高句麗を中国の辺境歴史に組み入れる「東北工程」が始まったのは1997年のことだ。以来、中国と韓国との間で長々と歴史論争が断続的に続いている。論争にはさまざまなものの起源や由来までが含まれ、今回キムチの「本籍」をめぐって、ネット上での大ゲンカに発展した。

 東北工程の文化的側面を象徴しているのが詩人・尹東柱だ。彼が朝鮮人であり、朝鮮語で詩を読んだことは明白だが、生まれた場所が旧満州の間島であったことから、記事にあるように、歴史を無視して属地主義から「中国人だ」と強弁している。

 もちろん、そもそも高句麗や渤海といった現在の中国東北地方に位置した国々を自らの地方政権だったという中国からすれば、尹東柱は当然中国内の少数民族「朝鮮族」になる。韓国にしてみれば、悔しい限りだ。さらにキムチまで取られてしまっては韓国人としては立つ瀬がない。

 だがこの本家争いを外側から見ていると、どっちもどっちというところ。韓国も中国に劣らず自らを起源と名乗るものが多い。それも牽強付会な理屈ばかりで、だから広く公認もされない。今度は同じことを中国にやられて怒り心頭に発している格好だ。

 高句麗もキムチも最後は国力の差が決めるだろう。選挙の季節を迎える韓国で「反中感情」が争点として浮上するのは中国も望みはしないだろと“助言”をしている段階で既に腰が引けている。本家の余裕というより、論争を避け、中国と対立したくない底意が透ける。

(岩崎 哲)

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