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涙腺が緩んできた金正恩氏の「新年」

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は今月8日、37歳の誕生日を迎える。どれぐらいの祝電が平壌に届くか知らないが、今年は例年より厳しい1年になることは金正恩氏自身が良く知っているだろう。

 今月上旬に開催予定の第8回党大会を成功裏に終わらせなければならない。新型コロナウイルスの感染問題、停滞する国民経済、そして自身の健康問題の3重苦に悩まされる37歳には「今年を何とか乗り越えたい」という思いが強いのではないか。

北朝鮮・朝鮮労働党創建75周年の祝賀会で演壇に立つ金正恩党委員長(朝鮮中央通信公式サイトから)

北朝鮮・朝鮮労働党創建75周年の祝賀会で演壇に立つ金正恩党委員長(朝鮮中央通信公式サイトから)

 独裁者が公の場で涙を見せることはめったにない。見せた時は何らかの政治的計算に基づくパフォーマンスか、それとも生理的な自律神経の発作現象かのどちらかだろう。金正恩氏は昨年から涙腺が緩くなってきているのだ。

北朝鮮の朝鮮中央通信は1日、金正恩委員長が新年を迎え、人民に直筆の書簡を送ったという。書簡では、「厳しい歳月の中でも変わりなく、わが党を信じ支持してくれた心に感謝する」(韓国聨合ニュース)と記述されているという。金正恩氏は人民思いの指導者に転身しているのだ。

 朝鮮労働党創建75周年祝賀会が昨年10月10日午前零時、平壌の金日成広場で開催され、金正恩党委員長の演説と大規模な軍事パレード が挙行された時を思い出してほしい。金正恩氏は演説の中で、自衛的手段として軍事的抑制力の強化の重要性を強調したうえで、新型コロナウイルスの感染問題、制裁下の経済的困窮、台風などの自然災害の3重苦の人民に謝罪するとともに、その忍耐に感謝を繰返した異例のソフトタッチの内容だった。謝罪と感謝を繰返す金正恩氏の声が涙声だったという報道すら流れた。新型コロナウイルス防疫や水害復旧のために動員された軍将兵には、数回「感謝する」という言葉とともに「すまない」と述べたというのだ。

 金正恩氏の言動に変化が見られだしたのは昨年7月頃からではないか。当時、金正恩氏の健康不安説が日韓メディアで報じられていた。同氏は昨年7月、平壌近郊で建設中の光川養鶏場を視察し、北の採卵、鶏肉加工工場の近代化は遅れていると指摘し、「党が心を砕く人民の食生活問題の解決に寄与できる工場となることを期待する」と述べている。金正恩氏の「人民第一主義」が登場してきたのだ。

 金正恩氏が心の底から人民第一主義を考えているのならば、その強権政治を放棄し、政治収容所に拘留されている人民を釈放し、これまでの人権蹂躙政策に対し人民の前で謝罪するべきだが、金正恩氏の「人民第一主義」はそこまではまだ煮詰まっていないから、同氏の口から「人民の、人民による、人民のための政治」が飛び出すことは期待できないだろう。しかし、金正恩氏は「人民」という言葉を使わないと心が落ち着かなくなってきたことは間違いないだろう。

 独裁者は国民が不満を高め、不穏な動きがある時は一層強権を振り回して力で抑え込むか、懐柔政策に乗り出すかの2通りがある。金正恩氏はどうやら後者を選んだのではないだろうか。だから「人民」という言葉を多用することで、人民に対して懐柔するシグナルを送っているわけだ。その背後には、金正恩氏が自身の健康に自信を失ってきていることがあるだろう。従来の強権政治を継続するだけのパワーがないから、「人民第一主義」を標榜し、休戦を呼び掛けている、といえる。

 5年ぶりに開かれる第8回党大会では過去の成果を検証する一方、同国を取り巻く厳しい環境を乗り越えるために具体的な方針を打ち出す必要がある。同国を取り巻く政治情勢は激変してきた。米国では金正恩氏を「友達」と呼んできたトランプ米大統領に代わってバイデン氏が就任するうえ、米国との橋渡しを自負してきた韓国の文在寅大統領は、不動産の高騰問題や尹錫悦検察総長(検事総長)への政治的圧力などで国民の心は離反し、支持率は40%を大きく割ってしまった。2022年の大統領選前に既にレームダック症状を呈し、もはや大きな役割は期待できない。すなわち、2021年は「ポスト・トランプ」、「ポスト文在寅」の夜明けとなる可能性が高いのだ。

 もちろん、中国との関係がある。新型コロナ感染防止のために中国との国境は閉鎖され、中国からのさまざまな経済支援、物資支援にも支障が出てきている。そのような中で北朝鮮はどのようにして生き延びていくかが大きな課題だ。

 世界情勢の変化、新型コロナ感染防止、停滞する国内経済の回復など難問を抱え、金正恩氏は指導力を発揮できるか、それとも健康問題もあって妹・金与正党第1副部長の助けを必要とするか、不透明で不確かな要因を抱える金正恩氏の新年は明けた。

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