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花闘(花札)

韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 「お前、身の丈すべて失った。どうか傷心しないでくれ。これからは泥棒のようにこっそり抜け出し行って、賭博の仲間に入るようなことはしないつもりだ。信じてくれ」。ロシアの大文豪、フョードル・ドストエフスキーが妻に書いた手紙の内容だ。許しを請う罪人の心情がしみじみとにじみ出ている。ドストエフスキーほどギャンブルに溺れた文人はいるだろうか。カードゲーム、ビリーヤードなど何でもこいだった。ルーレットにはまって足代までなくし、家まで10日間歩いて帰ったこともある。彼が『賭博者』という自伝的小説を書いたのは自然なことだった。

 賭博と娯楽の境界ははっきりしない。花闘(ファトゥ)(花札)はいっそうそうだ。花札は19世紀末、対馬の日本商人たちが港を通して朝鮮に広めたというのが定説だ。1960年代にゴストップ(花札ゲームの一つ)が開発され、ブームのように広がった。国民娯楽と射幸性の賭博。花札に対する相反する評価だ。花札の絵で有名な画家のキム・ジョムソンは「花札は安くて面白く、芸術的で美しく、小さくて軽く、持ち運びにも便利な民衆芸術」だと激賞している。

 「国民娯楽」として浮上したが「倭色(日本風)論争」は避けられない。韓民族精神連合会が2004年に代案を出した。いわゆる“開闢花札”だ。「光」表記の代わりに太極模様を描き入れ、桜はレンギョウに、ウグイスはカササギに代えた。柳の下の小野道風に代えて黄真伊(ファン・ジニ)を登場させた。意図はよかったが広く普及しなかったことを見ると、花札は韓国化に成功したようだ。

 花札賭博の中毒は身を亡ぼす近道だ。「酒におぼれると自分の家(妻)は分かるが、花札の賭博に溺れると妻も分からなくなる」という言葉が生まれるぐらいだ。映画『タチャ イカサマ師』ではイカサマ師が持つべき四つの原則が示されており、興味深い。第1が「残忍になれ」で、「世の中に安全な賭博はない」、「欲張るな」が第2、第3だ。最後は「賭博に永遠の友も恩讐(おんしゅう)もない」だ。人生の失敗者になりたくなければ、参考にすべき警句がなくはない。

 一昨日、京畿道城南市盆唐区のマンションで60代の男性が花札賭博中にけんかになった70代の女性2人を殺害した。花札の賭博性を警告する事例が追加された。花札をすると同僚の人格が分かるという言葉がある。花札も相手の性格を把握してしなければならないようだ。

 (9月22日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

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