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30・40代の涙

韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 「15で学に志を立て、30には確固として立ち、40には惑わず、50には天命を知った(吾十有五而志于學三十而立四十而不惑五十而知天命)」。歳月が流れても教えの色があせない孔子の言葉だ。『論語』の為政篇に出てくる。一生、切磋琢磨した彼の人生はこの文にしっかりと残っている。

 そんな成長過程は彼の占有物だろうか。一般人も大して違わない。10代、20代に花を咲かせる準備を行い、30代にはつぼみをほころばせ、40代には実を結ぶ。早い、遅いの差はある。大器晩成だ。太公望は72歳に周の文王と出会い、(文王・武王を助けて)初めて世の中を見通す慧眼を天下に現したではないか。

 30・40代は壮年だという。盛んなことを意味する壮と歳月や年齢を表す年。気性と体力が強くて盛んなため、どこに行っても中心的な役割を行う。而立の世代であり、不惑の世代でもある。

 そんな壮年が悲痛だ。経済難に打ちのめされている。「5月雇用動向」には悲しい壮年の姿が表れている。40歳の就業者は18万7000人減と、最も多く減少。30代は18万3000人減少した。この二つの世代を合わせると、就業者全体の減少幅の39万2000人に近い。他の世代も減りはした。政府がアルバイトの仕事をつくって60代以上の30万人余りの雇用を増やしたことを除いて、青年世代が雇用を失ったのは新型コロナウイルスのためだろうか。

 昨年5月の雇用統計を見ると、もう一つの事実が判明する。他の世代の就業者数はすべて増加したが、唯一30・40代だけ減少した。40代が17万7000人、30代が7万3000人だ。昨年も大変な目に遭った壮年世代が、今年はもっと困難に遭っているという話だ。ここまでくれば、“剥奪された世代”と呼ばれるべきではないだろうか。

 壮年世代はなぜ“剥奪された世代”になってしまったのか。反企業政策によって製造業が委縮したせいだ。工場を閉鎖したところには“壮年の涙”がある。1990年代末の金融為替危機の時の“サオジョン”(40・50=サーシプ・オーシプ=代と定年=ジョンニョン=の頭文字の発音を連ねた造語)世代。構造調整(リストラ)によって40・50代が大挙して職場を失った。現在はどうなのか。

 構造調整が本格化されていないのに、壮年の家長は(会社から)街に追い出されている。家族を養わなければならない彼らの涙は、反企業政策が招いた涙に他ならない。

 (6月15日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

(サムネイル画像:bukejiuyaoによるPixabayからの画像)

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