ワシントン・タイムズ・ジャパン

北朝鮮による事務所爆破と金正恩危篤説はつながるのか

 昨日の『【速報】「北朝鮮が開城連絡事務所破壊」は権力承継?』でも取り上げた、北朝鮮の「開城連絡事務所爆破」をどう読むべきか。端的に、今年前半に複数のジャーナリスト、メディアなどが唱えていた「金正恩危篤説」と照らし合わせ、「権力承継」という観点から読む、というアプローチがあるのではないかと思います(※といっても、客観的な証拠がある議論ではないなど、これが絶対に正しいと申し上げるつもりはありませんが…)。


●「開城連絡事務所爆破」報道をどう考えるか

 昨夜の『【速報】「北朝鮮が開城連絡事務所破壊」は権力承継?』で「速報」的に取り上げたのですが、すでに複数のメディアにも取り上げられているとおり、北朝鮮は開城(かいじょう)にある南北連絡事務所を爆破したようです。

■北朝鮮が南北共同連絡事務所を爆破=韓国統一省


韓国統一省は16日夕、北朝鮮が同日午後2時49分ごろ、南北軍事境界線沿いの北朝鮮・開城にある南北共同連絡事務所を爆破したと発表した。<<…続きを読む>>
―――2020/06/16付 BBC NEWS JAPANより
■北朝鮮、南北連絡事務所を爆破 脱北者の批判ビラに対抗措置


北朝鮮は16日、開城(ケソン)にある南北共同連絡事務所を爆破したと発表した。<<…続きを読む>>
―――2020年6月16日 16:49付 ロイターより

なにかと謎の多い北朝鮮のことですので、その狙いについてはよくわかりません。

 いくつかのメディアは「脱北者団体が韓国で北朝鮮に向けてビラを流していることに激怒したからだ」、など、北朝鮮当局の発表をそのまま紹介しているようですが、これについては本当にそのように考えて良いのか、微妙です。

 いちおう、事実関係を振り返っておくと、6月9日付の『「北朝鮮が通信回線切断へ」。南北揃って「わぁ大変」』でも触れたとおり、北朝鮮はビラ配布をやめさせなければ通信回線を切断する、などと警告して同日に回線を切断。

 さらに、これに慌てた韓国政府が、脱北者団体の取り締まりを実行する、などと述べた、とする話題については『回線の切断「問題」で北の瀬戸際外交に引っかかる韓国』などでも取り上げたとおりです。

 ただ、今回の南北連絡事務所爆破は、「ビラの配布に激怒した」にしては不自然な気もします。確かに爆破している様子は派手ですし、南北協力の象徴を爆破することで、北朝鮮が文在寅政権をこき下ろしているということでもあるからです。

●韓国にとっての「出来レース」仮説

 ただ、中国や南北朝鮮などの特定アジア諸国が「意味不明な行動」に出るときには、経験上、たいていは何らかの「裏事情」があるように思えてなりません。

 この点、『北朝鮮の軍事行動示唆発言に感じる「不自然さ」の正体』では、韓国側の事情をベースに、「尹美香(いん・びこう)問題から韓国国民の目を逸らす目的があるのではないか」、という仮説を紹介しました。

 これは、自称元慰安婦の支援団体の前代表である尹美香(いん・びこう)国会議員を巡り、寄付金などの私的流用の疑いが持たれているものですが、文在寅(ぶん・ざいいん)大統領自身の出身母体でもある「ともに民主党」にとってはじつに厄介なスキャンダルでもあります。

 この点、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に投稿されていた、日本人読者によると思われる「出来レース仮説」を再掲します。

「考えすぎかもしれないが、今回の件は旧挺対協の件から韓国国民の目を逸らすための『南北の出来レース』にも思える。韓国人は記憶容量が少ないから何か大きな事件が起こるとその前の事件が全部記憶からすっ飛ぶ。選挙が近くなってきたら、また南北首脳会談でもやれば選挙でもコロッと騙せる。」

 要するに、文在寅政権およびその関係者は、「韓国の有権者のことなど簡単に騙せる」とタカをくくっているという説ですね。

しかし、同じ時期に、韓国側で自称元徴用工判決問題(『非上場株式の売却を「時限爆弾」と呼ぶ韓国メディア』等参照)、輸出管理適正化措置を巡る対日WTO提訴(『グループCへのランクダウンこそ「韓国政府の泣き所」』等参照)などの動きが相次いで出て来たのは、偶然とも思えません。

 というよりも、実際に北朝鮮による一連の「通信回線遮断」、「連絡事務所爆破」などの騒動を見ていると、どうも韓国メディアの目が完全に北朝鮮に向いてしまったようにも見受けられます。結果として韓国の与党関係者が胸をなでおろしていたとしても不思議ではありません。

●北朝鮮の権力承継?

 こうしたなか、『北朝鮮の軍事行動示唆発言に感じる「不自然さ」の正体』に対し、匿名のコメント主様からこんな趣旨のコメントをいただきました。

「この件は北朝鮮の権力継承案件である。金正恩死亡説が流れたあと、影武者が2人相次いで登場したあとに妹が大々的に出てきたというのは、金正恩は執務できない状況にあると見て間違いない。こうしたなか、妹は外交などでときどき姿を見せていたことで、国民からは認知されていたと思われるが、軍との接点があったのかどうかは不明だ。可能性としては、手っ取り早く簡単で安全な軍事行動から入り、軍の掌握を始めたのではないか。折しも連絡所を爆破したとの報道が入っているが、これはその典型例である。さらにちょっとした恣意行動にまで出てくるのではないだろうか。」

(文章自体はかなり変えてあります。)

 この点、仮説としてはたしかに興味深いです。

 今年2月の『ジャーナリスト・篠原常一郎氏の金正恩「危篤」説』や4月の『相次ぐ「金正恩危篤説」、米中韓各国政府が否定的』などでも触れたとおり、北朝鮮の独裁者である金正恩(きん・しょうおん)を巡っては、一部に危篤説ないし死亡説が出ています。

 この「金正恩死亡説」については、「本人」(?)が公式の場に姿を見せたことで、いったんは収束を見せます(『金正恩危篤説は否定されたのか?』等参照)。

 (※もっとも、『そもそも米朝首脳会談に現れた人物は金正恩だったのか』などでも述べたとおり、個人的には「そもそも論」としてドナルド・J・トランプ米大統領がシンガポールやベトナム、板門店などで会った人物が「本物の」金正恩だったのか、という疑問は抱いていますが…。)

 しかし、北朝鮮には金正恩の影武者が複数名存在するとのうわさはよく耳にしますし、実際、写真などで見た金正恩も、素人目に見て、心なしか違和感を禁じえなかったのもまた事実です(あくまでも個人の主観です)。

●開城は自国の領域内

 このように考えていくと、じつはすでに金正恩は死んでいて、やはり妹の金与正(きん・よしょう)が権力を承継しようとしている(あるいは金一族内で熾烈な権力争いが生じている)というのは、可能性のひとつとして心に留めておく価値はありそうです(あくまでも「可能性」、ですが…)。

 こうしたときに、金与正が軍を掌握する手段のひとつとして、「絶対に安全で、かつ、派手なパフォーマンス」というものが、可能性のひとつとしては十分に考えられます。ここで冷静に思い出すと、確かに開城南北連絡事務所の爆破は、やり方としては興味深いです。

 そもそも文在寅大統領自身は「親北派」とされ、多少、口汚く罵ったとしても、絶対に反撃して来ないと金与正側が考えていても不思議ではありません。要は「舐め切っている」、という仮説ですね。金与正が文在寅大統領本人をバカにした発言を繰り返していたことを思い出します。

 また、開城自体が自国領域であり、それを爆破したとして、米軍などから反撃を喰らうことはないという自信もあるのかもしれません。

 さらには、事務所自体、「文在寅・金正恩の2名が作り上げてきた南北和解・南北協力の象徴」でもあります。これを敢えて爆破するということは、金正恩体制からの決別と金与正体制(あるいは金一族の集団指導体制確立)という意味があるのかもしれません。

 (※余談ですが、「強い相手に立ち向かう」のが日本の特徴だとしたら、「絶対に反撃してこない相手にしか攻撃しない」というのは、朝鮮半島国家に共通する宿痾のようなものでしょう。)

●象徴的なやりかたで権力を掌握

 つまり、今回の行動には、次のような背景があるのだ、と考えると、何となく筋が通ってくるのです。

・南北連絡事務所自体は自国領域内に設置されたものであり、それを爆破したところで米軍ないし韓国軍の反撃を喰らう可能性はほぼ皆無である
・文在寅大統領の「成果物」を敢えて派手に爆破することで文在寅政権に対してマウントを取ることができる
・南に対して強硬な姿勢を示すことで「強い指導者」を演じることで、軍部を掌握するとともに、など国内を引き締める

 そういえば、先代(?)の金正恩が自分の叔父を処刑してみせたのも、権力を掌握する過程ででてきた行動なのだ、などと考えると、それはそれで辻褄が合いますし、「次のアクション」があるのかどうかについても注目に値するところです。

 もっとも、以上の議論は、金正恩が本当に死んでいるのかどうか、あるいは金与正が金正恩の後継者なのかどうか、など、いくつかの仮定を置いた議論でもありますし、べつに具体的な証拠がある話でもありません。

 ただ、北朝鮮のように情報が限られている国の場合、表に見えている情報だけでなく、過去の行動や同民族国家である韓国の振る舞い方などから、彼らの狙いを予想する、というアプローチ自体、推理ゲームとしてはなかなか面白い方法ではないかと思う次第です。


「新宿会計士の政治経済評論」より転載
https://shinjukuacc.com/20200617-02/

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