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些細な日常まで変えた新型コロナ

韓国紙セゲイルボ

“情”に“マナー”を加える時

 ソルロンタン屋に行った。4人に皿は二つだった。キムチ用とカクテキ用だ。あまりにも当然だった風景が、この日は恐ろしく感じられた“唾”が混ざることに対する恐れだ。「この中に潜伏期の患者がいれば、どうしよう。食べないでおくか。いや。ソルロンタンを食べるのにカクテキ抜きはありえない」。悩んでいたその時、一人が言った。「こうしよう」。各自の茶碗の蓋にキムチとカクテキを取り分け、安心して食事ができた。

“情”に“マナー”を加える時

 新型コロナウイルスは些細(ささい)な日常まで変えた。いや、考えてみれば全く些細ではない。韓国人のDNAに刻まれた長年の文化を変えているのではないのか。私たちが「情」と呼ぶ、他人と近く交わることが自然な文化のことだ。

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 “韓国人特有の”という修飾語がつく“情”文化は接触が多い。親しい仲では話をしながら互いに体に触って肩を組むのが一般的で、可愛(かわい)い子供を見れば初対面でも頬をつねって頭を撫(な)でる。

 食べる時も情があふれる。以前は一つのキムチチゲの鍋にいくつもの匙(さじ)が差し込まれるのに馴染(なじ)んでいた。ここ数年は衛生上の理由からチゲなどは取り皿に分けるのが一般化したが、相変わらず食卓の副菜の皿を共有する。酒席で一つの杯で回し飲みをして深まる信頼と友情は言うまでもない。

 だからだろうか。互いに個人的な距離を超えることにも無感覚だ。人とぶつかっても謝らない人がほとんど。道端に唾を吐くのは減っているが、風邪で激しく咳をしても「他人にうつす」ことを案じてマスクをする人はほとんどいない。

 このように接触が多い生活習慣はウイルスに対してあまりにも脆弱(ぜいじゃく)だという事実がいまさらながらに確認されつつある。新型コロナは公共交通機関や公共の場所でも広がったが、家族や親しい人同士でたやすく感染した。一緒に食事まですれば感染確率はいっそう高まった。

 なぜそうなったのかは簡単に分かりそうなものだ。もう時がきたのだ。“情”に“マナー”を加える時だ。スープと副菜は専用の道具で各自の椀や皿に分けて食べ、自分の箸で他人に食べ物を渡さない。親しい間でもあまりにも近くで話したり接触するのは自制し、咳(せき)やくしゃみはマスクをしたり、袖で口を覆わなければならない。狭い道では「失礼します」とか「通ります」と言ってぶつからないようにし、他人の領域を侵せば謝らなければならない。そして、このように行動する人を“変だ”と思ってはならない。

 事実、変化は徐々に起きていた。突然の新型コロナ感染で早まっただけのことだ。この試練が過ぎれば緊張度はまた低まるだろうが、社会の隅々で以前とは確かに違う、別の風景が繰り広げられるだろう。

 ぎこちないだろうか。情が感じられずに寂しく見えるだろうか。必ずしもそうではないはずだ。情は特定の生活習慣でなく情緒だからだ。接触しないと消えるものではない。マナーと配慮を加えれば“韓国人特有の”魅力がより一層光を放つと信じたい。

(キムヒウォン経済部記者、3月14日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。

ポイント解説

“情の深さ”にさらに磨きを

 確かに韓国人は人間関係が“近い”。日本人から見れば、鬱陶(うっとう)しいほどに近過ぎる。それに比べ「他人の領域を侵さない」日本人は「薄情」(韓国語では「冷情」)に見える。いくら「親しい中にも礼儀あり」とはいえ、あまりにも他人行儀過ぎる、と韓国人は言う。いまその“近い”そして“韓国らしい”習慣が新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)を助長し、韓国人自身を苦しめている。

 韓国では家族を指す言葉で「食口」というのがある。同じ釜の飯を食う、つまり血縁ではないが、一つ屋根の下に暮らす“家族”という意味だ。だから、鍋でもいわゆる“土足”だ。自分の箸や匙(さじ)を突っ込む。取り箸やお玉はない。80年代、韓国に赴任する時、「同じチゲ(鍋)をつつくな。肝炎になる」と忠告された。実際になった知人もいた。

 日本でも「ご返杯」はあるが、韓国の回し飲みのように一つの盃を回して全員が口を付けるわけではない。「近くて遠い」と言われるが、習慣からして違うのである。

 この記者はこうした“情”の深さは残しつつ“マナー”を身に付けていこうと提案している。いいことだ。ぜひマナーと、さらにエチケットを学んでほしい。

 一つ言いたいのは、人との距離感が近いから、通りでもぶつかると言っているが、これは違う。「東方礼儀の国」を誇るが、ここでいう礼儀は限られたサークル内の上下関係に伴う言動の規範であり、ここに他者はない。だから通りを歩いている赤の他人にとる礼儀はないので、平気でぶつかる。

 この際、社会的マナー、他への配慮を加えて“情の深さ”にさらに磨きをかけてほしい。

(岩崎 哲)

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