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韓国政府「北朝鮮への個人旅行は日本もやっている」

 以前から当ウェブサイトで注目しているのが、韓国政府が自国民に対し、北朝鮮への個人旅行を許可しようとしている問題です。これについては文在寅大統領の先週の新年記者会見以降、唐突に出てきた構想ですが、韓国メディア『中央日報』(日本語版)の報道によれば、昨日、韓国政府・統一部からより詳細な構想が出て来たそうです。ただし、記事の中に事実誤認もあるため、このあたりについて捕捉しながら、適宜、内容を紹介しておきたいと思います。


北朝鮮への個人旅行

●文在寅氏、北朝鮮以外に関心を持たない?

 当ウェブサイトでは『年頭会見に見る「文在寅政権がもたらす日韓関係破綻」』のなかで、文在寅(ぶん・ざいいん)韓国大統領の新年記者会見を通読した結果、文在寅氏は「反日」なのではなく、単純に「北朝鮮との関係」以外のことに興味がないのではないか、という仮説を提示しました。

 これは「仮説」と銘打っていますが、おそらくはかなり実情に近いのではないかと思います。

 考えてみればわかりますが、もともとギクシャクすることが多かった日韓関係は、文在寅政権下で悪化に拍車が掛かりました。その大きな要因としては、旭日旗騒動や自称元徴用工問題、天皇陛下侮辱事件や慰安婦財団の一方的解散などがありますが、それらの多くは韓国側から日本に仕掛けられたものです。
 一方で、昨年7月1日に日本政府が発表した輸出管理適正化措置に関しては、例外的に日本が韓国に対し、積極的に講じた措置ですが、日本政府がこの措置を講じるきっかけを作ったのは韓国ですので、やはり究極的には韓国の行動がすべての原因であるといえます。

 しかし、これらの日韓関係を巡るさまざまな問題に対し、文在寅氏自身を含めた政権関係者の認識や対応は酷く、まさに「政治の素人ではないか」と思ってしまうのですが、文在寅氏の「素人ぶり」は日韓関係以外の分野にも、余すとこなく示されています。

●北朝鮮への個人旅行構想

 こうしたなか、少し前から気になっているのが、文在寅(ぶん・ざいいん)韓国大統領が新年記者会見の場で打ち出した、「韓国国民の北朝鮮への個人旅行を認める」という構想です。

 これについては『韓国に対する「日米同時経済制裁」はあり得るのか?』でまとめたのですが、米ブルッキングス研究所の研究員や、ハリー・ハリス駐韓米国大使らが、非常に強い懸念を示しています。

 とくにハリス大使は


「国際社会の取り決めに違反して、制裁につながる可能性がある問題は、誤解を避けるためにも、対北朝鮮制裁問題などを調整する米韓の作業部会を通じて扱った方が良い」(※下線は引用者による加工)

と述べ『駐韓米大使「米との協議必要」 韓国の南北協力推進構想を牽制』(2020年1月16日付聯合ニュース日本語版版参照)、暗に「北朝鮮への個人旅行許可は国際社会の取り決めに違反している」、「韓国が米国から制裁を喰らう可能性がある」とほのめかしています。

 しかし、韓国政府・統一部はこれに対し、

「観光は対北制裁に抵触せず、今現在も外国の観光客が北を観光している」」

と反論(2020年1月17日付聯合ニュース日本語版『北朝鮮への個人旅行 駐韓米大使のけん制発言に「韓国の主権」と当局反論』参照)。いわば、ハリス大使に対して「逆ギレ」で応じた格好となっているのです。

●韓国政府統一部「バルクキャッシュに非ず」

 さて、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に、その「続き」が出ているようですので、本稿では関連する記事を2つほど紹介しておきたいと思います。

まずは昨日夕方に掲載された、この記事です。

韓国統一部、北朝鮮観光に「中国もするのに我々だけ厳格にする必要ない」(2020.01.20 15:49付 中央日報日本語版より)


 中央日報によると、韓国政府統一部は20日、「個別観光参考資料」という資料を公表し、次のように説明したのだそうです。


・(北朝鮮への)個別観光は国連制裁対象に該当せず、我々(韓国)が独自に推進可能な事業
・制裁に該当しないため『セカンダリーボイコット』も適用されない


 中央日報のいう「セカンダリーボイコット」とは、いわゆる「セカンダリーサンクション(二次的制裁)」のことでしょう。

 これは、経済制裁の対象国(たとえば北朝鮮)と取引をした第三国の個人や法人を対象に適用される経済制裁で、その具体例としては、先週の『韓国、北朝鮮に対する経済制裁を公然と妨害し始めた?』でも紹介した「北京スクバクソ(宿泊所)などに対する資産凍結措置」などがあります。

 中央日報は統一部がこのような資料を公表した狙いについて、

「北朝鮮個別観光が推進される場合、韓国に対する米国の独自制裁を懸念する見方が出ている状況を統一部が意識し、積極的に意見を陳述したと分析される」

と述べているのですが、これはどういうことでしょうか。

中央日報の記事は、こう続きます。

「特に個別旅行客が北朝鮮で現金を使う場合が懸念される。現金移転の性格という観測からだ。これに関しても統一部は『宿泊費・食費など現地実費支給性格』と解釈し、対北朝鮮制裁が制限する『大量現金(バルクキャッシュ)』移転とは見なしがたいという立場だ」。

 なるほど。「北朝鮮旅行を解禁してもバルクキャッシュの移転には該当しない」、というわけですか。

仕事ができない政権

●北朝鮮に377億円が渡る!?

 このあたりは、なかなか微妙な認識でしょう。

 たしかに個々人の旅行だと、北朝鮮旅行をするときに支払うのは、ツアーへの申し込み時点で十数万円から数十万円とされており、また、北朝鮮滞在中に使用するのもせいぜい数万円ですので、この程度の金額であれば「バルクキャッシュ」ではありません。

 しかし、韓国政府が音頭を取って、大々的にそれを推進し始めれば、どうなるでしょうか。

 政府が「お墨付き」を与えているとなれば大挙して韓国国民が北朝鮮を訪れる可能性がありますし、韓国人ひとりあたりの参加費用が10万円だったとしても、年間1万人が訪れれば10億円という巨額のカネが北朝鮮に渡ります(※その全額が北朝鮮に行くわけではありませんが…)。

 ちなみに韓国人の訪日旅客数は、2018年12月時点で681,566人でしたが、これが2019年12月には248,000人へと激減しました(『訪日外国人は過去最大だが、観光目標は立て直すべき』等参照)。

 日本への旅行が減少した分、韓国国民としては「どこか身近な外国に行ってみたい」というニーズが出て来るかもしれませんが、そうなれば北朝鮮が手近な旅行先として浮上するかもしれません。

 ここで簡単な試算をしてみましょう。

 2018年を通じて日本に入国した韓国人の人数は7,538,952人でした(①)。しかし、「ノージャパン運動」の影響でしょうか、2019年8月頃から日本に入国した韓国人の人数が激減し始めており、前年同月比の減少率は63.31%でした(②)。

 つまり、日本に入国した韓国人の人数は、2018年の水準をピークとして猛烈に減り始めているのです。今後も毎月、前年同月比63.31%の減少が続くとまでは思いませんが、仮に訪日韓国人の人数が2018年の水準と比べ、50%(3,769,476人)減少したとしましょう。

 そのうえで、この3,769,476人のうちの10%が「日本の代わりに北朝鮮を訪れる」と仮定し、かつ、1人あたりの旅行代金が単純に10万円だったとすれば、「ノージャパン運動」+「北朝鮮への個人旅行解禁」で北朝鮮に渡るカネは、単純計算で

7,538,952人×50%×10%×10万円=37,694,760,000円

です(つまり年間377億円)。

 377億円を「微々たる金額」とみなすことはできません。

●日本もやっているじゃないか!

 それなのに、中央日報の記事を読み進めると、驚くべきことが書かれています。


「統一部当局者は、『米国の独自制裁にも抵触しないと判断しているのか』という記者の質問に『そうだ』と答えた。中国・日本・豪州・カナダなど欧州国家から北朝鮮個別観光をしているという点を挙げ、『別途の厳格な基準を我々の個別観光にあてはめる必要もなく、そうすべきでもないと考える』とも強調した。」


 中国、豪州、カナダはともかく、少なくとも日本は北朝鮮への個別観光を「推進」はしていません。

 これまでに何度か当ウェブサイトでも紹介して来たのですが、わが国の場合だと日本国民に対し、特定国への禁止を渡航する法律はありません。というよりも、日本の個人がいったん第三国(中国や香港など)に出国してしまえば、日本の当局には、その個人の行方を監視する手段などありません。

 ちなみに北朝鮮への旅行について、外務省の『海外安全ホームページ』を見ると、次のように書かれています。

■2017年4月10日 全土:「渡航を自粛してください。」(継続)


北朝鮮が核実験や弾道ミサイル発射を繰り返しています。こうした状況も踏まえ、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的な解決のために我が国がとるべき最も有効な手段は何か、という観点から、一連の我が国独自の対北朝鮮措置を実施しています(「我が国独自の対北朝鮮措置について」)。

その一環として、人的往来の規制措置、具体的には我が国から北朝鮮への渡航自粛要請が含まれています。

つきましては、目的のいかんを問わず、北朝鮮への渡航は自粛してください。


 いかがでしょうか。

 「渡航は自粛してください」となっていますが、「渡航を禁止します」とはなっていません。

 また、外為法では外国におカネを払う場合、届け出る義務を課すことができるのですが、外務省『外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮向けの支払の原則禁止及び資産凍結等の措置について』には、こう書かれています。

「北朝鮮を仕向地とする支払手段等の携帯輸出について、届出を要する金額(下限額)を現行の100万円超から10万円超に引下げ、平成28年2月19日から実施する。」

 なお、「北朝鮮に滞在する居住者がその滞在に伴い通常必要とする支払」などは禁止措置の例外として容認されていますので、日本政府は日本国民が北朝鮮に滞在することがあり得るということを当然の前提としているという証拠です。

 ただし、これはあくまでも「日本政府が積極的に認めている」ものではありません。

 自由貿易を原則とする外為法の規定上、「完全に禁止することができない」というのは仕方がない話なのであって、日本の政策は、大っぴらに認めようとしている韓国と同じではありません。

●北朝鮮と何の調整もしていないんですね

 一方、同じ中央日報に今朝掲載された次の記事についてもチェックしておきましょう。

■米国の反発、北朝鮮の拒否、安全問題も…韓国政府は個別観光GO(2020.01.21 07:46付 中央日報日本語版より)


 この記事は、先ほど紹介した韓国政府統一部の見解に関する中央日報としての続報です。

中央日報はこの構想の具体的な問題点として、


・観光客の身辺安全問題
・米国の反発
・北朝鮮の拒否


と、「3つの懸念が重なる状況」での北朝鮮個人旅行構想の推進に懸念を示しているのです。

 まさかとは思うのですが、またしても北朝鮮との調整なしに、文在寅氏が勝手に発表してしまった、ということなのでしょうか。やはり、先ほども申しあげたとおり、文在寅氏自身、「基本的な仕事のやり方そのもの」を理解していないようにしか見えません。

 ちなみに中央日報の記事では、韓国政府統一部の『個別観光参考資料』について、もう少し詳細にも触れていて、


・離散家族または社会団体の金剛山(こんごうさん)・開城(かいじょう)地域訪問
・韓国国民の第三国を通じた北朝鮮地域訪問
・外国人の南北連係観光


などを認める方針だとしつつ、当局者はこの対北個別観光構想を巡って、

「従来の協力事業体を通じた団体観光方式でなく、非営利団体または第三国の旅行会社を通じて個別に北側の招請意思を確認して承認を受け、北を訪問する方式」

と述べています。

 要するに、現在でも行われているような、中国に出掛けた日本人が現地で直接おカネを払って北朝鮮への入国ビザを取得するようなものでしょうか。ちなみに韓国政府当局者は

「個別観光は国連制裁対象に該当せず、我々が独自に推進可能な事業/セカンダリーボイコットに適用されない」

と述べたのだそうですが、少なくともセカンダリー・サンクションの対象にされるかどうかは米国政府が決める問題であり、韓国政府に決められることではありません。

 また、中央日報は今回の個人旅行を巡って、保険会社が米国のセカンダリー・サンクションを意識して保険提供を拒絶する結果、「無保険観光」となる可能性がある、などとする専門家の見解を示したのだそうです。

金属疲労のように…

 いずれにせよ、現在の報道などから判断する限り、今回の「北朝鮮への個人旅行解禁」構想は韓国政府の独走という可能性が非常に高いと思いますし、米国などの反発に加え、北朝鮮の協力が取り付けられない可能性が高いことなどもあわせて考えれば、実現へのハードルは高いと思います。

 ただし、今回の構想が頓挫したとして、「一件落着」、とはならないでしょう。

 先日の日韓GSOMIA破棄騒動に加え、在韓米軍駐留経費負担を巡る交渉、さらに最近では、(当ウェブサイトでは取り上げていませんが)ハリス駐韓大使自身が日系人であることと絡め、韓国国内で同氏の口髭を批判する意見が米国で人種差別と受け取られている問題も浮上しています。

 韓国が米国とのあいだで、同盟を危機に晒したり、米国の意思を試したりするようなことを続ければ、間違いなく、米韓間の信頼関係は傷ついていきます。

 金属疲労のように、米韓同盟の崩壊は、ある日突然に顕在化するのかもしれませんね。


「新宿会計士の政治経済評論」より転載
https://shinjukuacc.com/20200121-03/

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