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    中村 仁
    元全国紙経済記者
    石平
    石平
    評論家

    北の「瀬戸際外交」は封印された!

     南北非武装地帯の板門店でトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の第3回首脳会談が先月30日、開催された。第1回目のシンガポールや第2回目のハノイの会談のように周到な準備が行われた後、開催された会議ではなかった。トランプ氏がツイッターで金正恩氏に「可能ならば板門店で会おう」と発信したのがきっかけだ。それも会談の数日前だ。

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    南北の非武装地帯で会合したトランプ大統領と金正恩委員長(ホワイトハウス公式サイトから、2019年6月30日)

     当方はトランプ氏のツイッターが契機となって第3回首脳会談が開かれたのではなく、背後にはやはりそれなりの準備や安全問題などが話し合われていたと考えていたが、金正恩氏自身が先月30日、板門店の自由の家でのトランプ氏との立ち話で、「トランプ氏の会談希望のメッセージには驚いた」と告白していたというから、やはり板門店の会談は準備なしのサプライズ会談だったのかもしれない。

     今年2月末に開催されたハノイの第2回米朝首脳会談は決裂したと報じられた。その結果、次の首脳会談は当分は開かれないだろうと予想されていた矢先だ。ハノイ会談が決裂した主因は、トランプ氏側の説明によると、「金正恩氏には非核化への準備が整っていなかった」からだという。

     興味深い事実は、ハノイ会談で先に交渉テーブルを蹴って立ち上がったのが金正恩氏ではなく、トランプ氏だったことだ。予定されていた昼食会をもキャンセルして立ち去った。すなわち、第2回会談の決裂も第3回の板門店会合もトランプ氏側のイニシアチブに基づいているという事実だ。それに対し、金正恩氏はハノイでは怒りを爆発させ、涙も流したという報道さえある。そして板門店では「驚いた」と告白しているのだ。北の独裁者が米国との交渉で完全にイニシアチブを取られ、困惑するという姿はこれまで見られなかったことだ。

     米国が北朝鮮との交渉で会議の主導権を握り、会議を進めるということはこれまでほとんどなかった。北側の瀬戸際外交に圧され、北側と交渉テーブルにつき、北側の要求を聞いて譲歩する、というのがこれまでの対北交渉パターンだった。それがトランプ氏が登場して激変したのだ。

     北の外交は基本的には「瀬戸際外交」だ。その土台を築いたのが金正恩氏の祖父、金日成主席だ。金主席は1994年、核兵器の製造開発を中止するふりをして、米国から軽水炉の提供と重油の供給を勝ち得ている。故金正日総書記時代に入ってもその瀬戸際外交は継続され、3代目の金正恩氏まで継承されてきているわけだ。

     北の「瀬戸際外交」に懲りた米国はオバマ政権に入ると、「戦略的忍耐」と名付けられる対北政策に変わった。すなわち、北が非核化に応じない限り、対北政策では何もしない無策路線を守ってきた。その結果、北は核開発を進めることができたわけだ(「オバマ氏の『戦略的忍耐』の結果」2017年9月5日参考)。クリントン米政権で国防長官を務めたペリー氏は2017年1月、オバマ政権の8年間の対北政策について「北の核・ミサイル開発を助けた」と指摘し、「戦略的忍耐は失敗だった」と主張している。

     トランプ氏は対北外交ではオバマ政権の無策から別離し、北側に「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)を要求、核実験、弾道ミサイルを発する度に対北制裁を強化する一方、北の若い独裁者の金正恩氏を「友人」呼ばわりし、親書を交換するなどの指導者同士の人間関係を重視する政策をとってきている。そして、北側との交渉では常にイニシアチブを取り、北側の「瀬戸際外交」に対しては、軍事力行使も辞さない強硬姿勢を誇示して封じてきたわけだ。

     ここまではトランプ外交は成功している。金正恩氏はトランプ氏のツイッター外交、サプライズ外交に当惑し、守勢を強いられてきた。しかし、それはあくまでも交渉の入口に過ぎない。交渉のテーマ、北の非核化の実現はこれからだ。トランプ氏が自身の再選を実現するために対北政策を利用するようなことになれば、金正恩氏が主導権をトランプ氏から奪い返す事態も十分考えられる。北の伝統的な「瀬戸際外交」とトランプ氏の「サプライズ外交」の戦いの決着はまだついていないのだ。

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