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体制競争で後れ取る韓国、「古い民族主義」脱却できず

誤った文政権の対北政策

 東亜日報の総合月刊誌「新東亜」(1月号)に未来戦略研究院の具海祐(クヘウ)理事長が南北韓が「第2の体制競争に入った」と書いており興味深い。

 具理事長は、「2018年は韓半島の歴史的転換点だった」という。これは誰もが認めることだ。平昌冬季五輪への北朝鮮参加、3度にわたる南北首脳会談、初めての米朝首脳会談が次々と行われ、軍事的衝突まで危惧されていた半島情勢が一気に対話ムードに転換したのだ。

 このきっかけは同年1月1日の金正恩朝鮮労働党委員長による「新年の辞」だったが、それは開始のベルにすぎない。具理事長が注目するのはその前年17年10月の北による第6回核実験で、それが北東アジアのゲームチェンジャーとなり「平和の時代」に入ったと指摘している。

 もちろん「平和」とは名ばかりで、実際は北と南による第2の体制競争に突入したというのが具理事長の分析で、しかも、その競争は北朝鮮が一歩も二歩も先んじている。去年1年を指して、「金正恩と北朝鮮が韓国政治に直接間接的に影響を及ぼす程度が日増しに拡大した新しい韓半島政治時代の元年ということができる」と具氏は言うが、その指摘は多くが首肯するものだろう。文在寅韓国大統領は外交の場で北朝鮮への経済制裁解除を各国首脳に説いて回り、「北朝鮮のスポークスマン」とまで言われるほど、北の意を体して動いたほどだ。

 第6回核実験がゲームチェンジャーと言われる理由は何か。実験当時、朝鮮中央テレビは、「大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載のための水爆実験に成功した」と発表した。北側の一方的発表ながら、北が米大陸に届く核ミサイルを持つことを明らかにしたわけで、これは東アジア、太平洋の安全保障環境が大きく変わったことを意味する。

 米国が強硬に北朝鮮を圧迫したのはそのためだが、これに対し、北朝鮮は素早く「対話」に舵(かじ)を切って、前述の通り、五輪参加、首脳会談と融和に転じて危機をかわした。しかも肝心の「北朝鮮の非核化」は「朝鮮半島の非核化」にすり替えられ、さらに今後「非核化」ではなく「核軍縮」の話に持って行かれる恐れさえ出てきているのだ。

 今や北朝鮮は政治的軍事的体制をがっちり固めたと言っていい。さらに、北を代弁する韓国大統領まで確保、というオマケまでついている。一貫した目標と忍耐強い遂行力は「敵ながらあっぱれ」と言うべきか。もちろん共産独裁(の変形)体制であるが故に可能だったわけだが。

 問題は韓国だ。具氏は韓国では「古い民族主義」がいまだに支配的だという。「現政権と与党の中心勢力は1980年代の全大協(全国大学生代表者協議会)世代で、彼らの南北認識と対北政策の根底には80年代の民族解放(NL)運動論的民族主義が位置している」と説明する。

 朝鮮半島における民族解放運動とは、「外部勢力によって数え切れないほど踏みにじられてきた韓民族の歴史は民族解放運動論的民族主義を強力なポピュリズムとして作動させる。それによって北朝鮮では主体思想に基づいた国家運営をし、韓国では民族解放運動論的民族主義を基調とした政権が創出された」ものだと具氏は解説する。

 民族解放論的にみれば、南北ともに民族主義は「外勢」すなわち米国をはじめとする「周辺4強」の影響の排除・拒絶に向かい、その民族主義に立てば「北主導の南北統一」戦略を克服できず、韓国主導で「自由民主主義に基づいた統一を推進する」ことも難しくなる。これが具氏が危惧する点である。

 今年は日本統治下の朝鮮半島各地で起こった民衆暴動「三・一運動」100周年を迎える。記念式典の南北共同開催も模索されていることから、激しい「民族解放論的民族主義」の放出が予想される。

 韓国が「古い民族主義」から脱却できず、北との体制競争で後れを取りながら、核を持った北主導で南北関係が進展すれば、とんでもない事態が出来(しゅったい)する恐れがある。具氏が望む北朝鮮の「親米非中」化ははるかに遠いと言わざるを得ない。

 編集委員 岩崎 哲

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