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スポーツとさわやかさ、韓弼花選手を応援したころ

yamada

 北朝鮮と冬季五輪。思い出すのは北朝鮮が初めて五輪に選手団を派遣した1964年インスブルック大会の女子スケート3000㍍で、銀メダルを獲得した韓弼花(ハンピルファ)である。私は朝鮮戦争(1950~53年休戦)で一時、半島全部が北朝鮮になったら大変だと子供心に心配したぐらいで、親北朝鮮では全くなかった。

 だが、韓選手の活躍には強く印象付けられた。当時の五輪報道は今よりずっと少ない。韓選手の紹介記事もろくになかったが、あの朝鮮戦争で荒廃した国土、厳しい環境の中で小さな女子選手がよくも実力を磨き、アジア選手2人目の冬季五輪メダリストになったものだと、一種のさわやかさを感じ応援したくなった。

 北朝鮮の人権抑圧も拉致も核開発も、まだ知られていない時代。国民を核心、動揺、敵対の3階層に分類する出身成分差別制も、未完成だったという。


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