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「空気」を読めない政治家の失態

 民主主義国の主権者は国民であり、国民は定期的に実施される選挙を通じて国の政治に参画する。一方、選挙は政治家にとってこれまでの活動に対する国民の審判を受けることになるので、緊張の日々が続く。選挙直前の失言やスキャンダルは政治家にとって大きな痛手となることは間違いない。

洪水被害の復興を訴えるラシェット党首(2021年7月17日、ラシェット党首公式サイトから)

洪水被害の復興を訴えるラシェット党首(2021年7月17日、ラシェット党首公式サイトから)

 今年9月26日に連邦議会選挙(下院)が実施されるドイツで、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の首相候補者アルミン・ラシェット党首(ノルトラインウェストファーレン州首相)は17日、シュタインマイヤー大統領と大洪水の被害にあった被災地を訪ねたが、大統領が話している時、現地視察の付き添い関係者と笑顔を見せながら談笑している姿がカメラに撮られたことから、他政党から「不謹慎だ」と糾弾され、謝罪に追い込まれるという事態となった。

 多くの犠牲者を出した被災地を訪問し、悪気があったわけではなかったが、会話の際に笑顔がこぼれたわけだ。通常の選挙集会や会合では笑顔もいいが、大洪水で家屋を失い、家人も失った犠牲者たちの前で笑顔を見せたのは政治家でなくてもアウトだ。ドイツ16州で人口で最大州の首相を務めるベテラン政治家としては大失策だといわざるを得ない。

 ドイツでは野党「緑の党」のアンアレーナ・ベアボック共同党首は一時期は次期首相候補レースでトップを走っていたが、自身の学歴問題をメディアで大きく叩かれ、投票日が近付くにつれ支持率を急速に落としてきた。同党首の場合、公式の学歴と実際のそれとの違いが問題視され、有権者の信頼を失ったわけだ。投票日まで2カ月となった。ベアボック党首には有権者から信頼回復を勝ち取るウルトラCが急務となってきた。

 今回のテーマはドイツ連邦議会選の見通しを書くことではないが、CDUは相手側(「緑の党」)のオウンゴールもあって支持率を回復し、第1党に復帰してきた。難民・移民問題で外国人排斥を国民に訴えて前回連邦議会選では大躍進した極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は新型コロナウイルス対策でマスクの着用を拒否するなど、シリアスな代案を提示できず、批判政党に落ちて支持率を失っている。一方、中道リベラルな「自由民主党」(FDP)が伸びてきた。CDUのラシェット党首の被災地視察の際に見せた「笑顔」が9月の連邦議会選で如何なる代価を払うことになるかは現時点では不明だ。

 ところで、フランスでも来年、大統領選挙(第1回目投票2022年4月10日、決選投票同月24日)が行われるが、マクロン大統領の再選に赤ランプが灯ってきた。そこでマクロン大統領はここにきて国民の支持を得やすいイスラム過激派テロ対策に再び力を入れる一方、新型コロナ感染で停滞する国民経済の回復に全力を投入し、有権者に支持を訴えているが、その成果はまだ表れていない。

 フランスの地域圏・県議会選挙の決選投票が6月27日に行われ、マクロン大統領が創設した与党・共和国前進(LREM)は海外領土を除いた全ての地域圏で敗北した。マクロン大統領の過去4年半への評価は同氏が期待したほど高くなく、再選を獲得するためには有権者の心をつかむウルトラCがここでも必要となってきた。

 メディアではあまり報じられていないが、マクロン大統領(43)は16日、ポルトガルの聖母マリア再臨地ファティマに並んで有名なカトリック教会の巡礼地ルルドを訪問した。フランス南西部、ピレネー山脈北麓にある小さな村だ。マクロン氏が訪問した16日は聖母マリアが少女ベルナデッドに現れた日に当たる。ルルドには病気を癒すといわれる「ルルドの水」を求めて世界から毎年500万人の巡礼者が訪れる。レオ13世(在位1878~1903年)が1891年、ルルドを正式に聖母マリア再臨の巡礼地として認知している。

 バチカンニュースはマクロン大統領の巡礼地ルルド訪問を報じ、「第5共和制後、現職のフランス大統領がルルドを訪問したのはマクロン氏が初めて」という。ちなみに、マクロン氏は非宗教的な家庭に生まれたが、12歳の時、洗礼を受けている。

 興味深い点は、マクロン氏はルルドでは巡礼者と会っているが、ルルドにある2つのバシリカ聖堂には足を運んでいないことだ。マクロン氏がバシリカ聖堂に入って、聖母マリア像の前で祈りを捧げなかったら、ちょっとした問題になったかもしれない。メディアには、「苦戦している再選を勝ち取るために聖母マリアに祈りを捧げた大統領」と揶揄されるか、明確な政教分離(ライシテ)を国是とするフランスの現職大統領が聖堂で祈ったことは良くない事だといったリベラルなメディアから攻撃される機会を提供したかもしれないからだ。確認できないが、マクロン大統領は、「自分はカトリック信者ではなく、不可知論者だ」と主張しているという(「仏の『ライシテ』の拡大解釈は危険だ」2020年10月30日参考)。

 マクロン大統領は昨年9月1日、訪問先のレバノンでの記者会見で、「(わが国には)冒涜する権利がある」と語り、世界のイスラム教国で強い反発を引き起こした。パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことについて、マクロン氏は「フランスには冒涜する権利がある」と自説を展開して弁明してきた(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

 欧州の代表的なカトリック教国であり、欧州最多のイスラム教徒を抱えるフランスでは、宗教問題は常に多くの問題と紛争を引き起こしてきた。選挙を控えたマクロン大統領がルルド入りしながらも、バシリカ聖堂を訪れなかったことは正しい判断だったのかもしれない。少なくとも、ああだ、こうだといわれなくて済んだわけだ。

 政治家は多くの人々の前で自分の考えを語る機会が多い。特に、選挙を控えた政治家は自分がいる場所、その時の空気を読まなければならない。「空気」を読めない政治家はいつかは失態を晒すものだ。その点、16年間余り政権を運営してきたメルケル独首相にはスキャンダルばかりか、失言も少なかった。メルケル氏はメディアが喜ぶような面白い話は出来ないが、「空気」を読める冷静な政治家だ。

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