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なぜ人は「海」を見たいのか

 オーストリア日刊紙エーステライヒ31日は1面で「旅行ブーム、皆、海を見たいのだ」といった見出し付きの記事を大きく報じていた。数週間前まで中国発新型コロナウイルスの新規感染者の増加、ワクチン接種の遅滞などで国民の不満の声が溢れていたが、それが嘘のように国民は今、旅行モードに切り替わっている。

「皆、海を見たいのだ」と一面トップで報じる日刊紙エーステライヒ紙

「皆、海を見たいのだ」と一面トップで報じる日刊紙エーステライヒ紙

 このコラム欄でも報じたが、オーストリアは幸い、7日間の新規感染者数が人口10万人当たりで40人を下回っている。ワクチン接種数も第1回接種だけならば500万人台に入った。病院の集中治療室の患者数は日々減少してきた。それを受け、コロナ規制は一つ一つ緩和ないしは解除されてきた。国民が“4つの壁”に取り囲まれていた環境から飛び出し、海を見たくなるのは当然かもしれない。

 オーストリアはアルプス山脈に取り囲まれ、海はない。ザルツブルク州やブルゲンランド州に湖はあるが、海はない。いわゆる内陸国だ。だから、国民が夏季休暇に入れば、ギリシャ、トルコ、スペイン、クロアチアなどの海のある国に好んで旅する。オーストリアの外交が西バルカン諸国の欧州統合に積極的な理由は、西バルカン諸国にはアドリア海が控えているからだ。海だ。モンテネグロは人口約62万人の小国だが、アドリア海に面している。ゆえに同国の地理的価値、魅力はそうではない国に比べ大きいわけだ。人だけではない。国家、その国の外交も海の有無が大きな影響を与えていることが分かる。

 当方は2014年11月、ウィーンの国連で開催された内陸開発途上国(LLDCs)の第2回国連会議を取材したことがある。内陸開発途上国 (Landlocked Developing Countries)とは、国土が海から離れた内陸国のため経済・工業開発が遅れている国を意味する。現在32カ国だ。大陸別にみると、アフリカ大陸16カ国、欧州4カ国、アジア10カ国、南米2カ国だ。LLDCs諸国の総人口は約4億5350万人だ。最短の湾岸まで平均距離はLLDCsの場合、1370キロだ。例えば、ガザフスタンは3750キロ、キルギスタン3600キロと海までの距離がもっとも遠く、モルドバ170キロ、スワジランドは193キロで最も近い。いずれにしても、海まで距離があるため、輸送コストが高くなる。

 世界銀行の推定によると、通常コンテナー輸送の場合、LLDCsの場合、平均輸出コストは3204ドルで、海に隣接する国の平均1268ドルと比べると2倍以上かかる。一方、輸入の場合、海に隣接する国の1434ドルに対してLLDCsは平均3884ドルだ。ちなみに、LLDCsの7カ国は鉄道網がない。すなわち、海路を有するかどうかはその国の経済発展に大きな影響を与えているわけだ。

 なぜ人は海に憧れるのだろうか。海がそこにあるからだ、という答えも考えられるが、やはり海は“生命の源”だという思いがあるのだろう。海は胎児を包む羊水だという人もいる。ただし、このコラム欄でも書いたが生命の源は海ではなく、地球に生命をもたらしたのは小惑星だった可能性が高まってきた。約138憶年前、ビックバーンと呼ばれる大爆発が起き、そこから放出された全ての生命体に必要な元素は宇宙空間に広がる、生成されたガス状の星は爆発を繰返す。そしてスーパーノヴァが生まれ、ブラックホールが誕生。ブラックホールはミキサーのように全てを吸収し、混合する。そしてジェットで水素、ヘリウム、炭素、ホウ素、酸素、窒素、鉄など生命体に必要な元素を宇宙空間に吐き出す。このようなプロセスを経て、約46億年前、われわれの地球が生まれた。そして地球に生命体が誕生したというのだ。

 これまで地球の生命体は海から誕生したと考えられてきたが、天体物理学者たちは宇宙空間に無数に散らばる小惑星が地球に生命体の基礎素材を運んできたのではないか、と受け取っているわけだ。すなわち、地球の生命体は内から生まれたのではなく、宇宙から運ばれた原料をもとに生まれてきたというのだ。この見解は決して「海」の価値を落とすものではない。宇宙は惑星で溢れ、星座群は宇宙の海の中を泳いでいる。宇宙は人間にとって「海」であり続けるのではないだろうか(「地球に生命をもたらした小惑星」2021年4月17日参考)。

 未来の地を求めて船に乗って世界の海に出ていった航海の時代があった。海を超えた先に新しい世界、未来が広がっているのではないかというわけだ。同じように、21世紀の天体物理学者は今、無数存在する惑星の中に必ず地球に似た惑星が存在するはずだという思いに駆られている。詩的に表現すれば、地球に住む人間は決して孤独ではなく、地球のような星がどこかに存在し、人間のような存在がいるかもしれない、「れわれは孤独ではない」という思いだ。そこで居住可能な惑星を探しに太陽系外まで調査が進められている。生命維持に必要な水と温度が備わったスーパーアースも見つかっているという。

 話を地球のオーストリアに戻す。オーストリア国民が好む海を有する旅先の新型コロナの新規感染者数の動向を少し振り返る。先ず、ギリシャは1日110人と依然、3桁だが、スペインは68・9人、クロアチアは54人、ドイツは35・2人とオーストリア並みのレベルだ。昨年の夏季休暇明け後、オーストリアでは新規感染者が急増して第2のロックダウンに入った苦い体験がある。二の舞を踏まないために、感染防止を忘れないようにしなければならない。エーステライヒ紙は31日、多数の旅行者がウィーン・シュヴェヒャ―ト国際空港(VIE)のチェック・インのカウンター前に殺到して大賑わいだと報じた。いずれにしても、海が呼んでいるのだ。

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