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「世界のエトス」キュング氏死去

 世界的神学者ハンス・キュング氏(Hans Kung)が6日、スイスのテュービンゲンの自宅で亡くなった。93歳だった。キュング氏といえば、ローマ・カトリック教会の第2バチカン公会議の合意に基づく教会の刷新に動いていたが、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(在位1978~2005年)から聖職をはく奪された聖職者であり、神学者だった。カトリック教会で最も知られた教会改革者だった。晩年はパーキンソン病で公の場に姿を見せることはなかった。

世界日報に掲載されたハンス・キュング氏との単独会見(2000年12月、ウィ―ンのホテルにて、撮影)

世界日報に掲載されたハンス・キュング氏との単独会見(2000年12月、ウィ―ンのホテルにて、撮影)

 キュング教授は1928年3月19日、スイスのルツェルツン州生まれ。神父。ローマのグレゴリアン大学で学び、ソルボン、パリ、ベルリン、ロンドンなどで勉学し、60年からテュービンゲン大学基礎神学教授に就任。第2バチカン公会議(1962~65年)を提唱したヨハネ23世(在位1958~63年)はキュング氏とヨーゼフ・ラッツィンガー氏(後日、教皇ベネディクト16世)を教皇アドバイサーに任命している。

 キュング氏の著書「教会」がベストセラーとなったが、バチカン教理省は当時、その本の翻訳を禁じた。キュング氏が「教皇の不可謬説」を否定したためで、79年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(当時)から聖職を剥奪された。その後、宗教の統一を目指して「世界のエトス」を提唱。「世界のエトス財団」の総裁をエバーハルト・シュティルツ氏に譲るまで世界の宗教界に大きな影響を与えてきた。1996年に退職するまでテュービンゲン大学神学教授を務めた。

 キュング氏は、「私はこれまで異なる宗教、世界観の統一を主張して『世界のエトス』を提唱してきた。宗教、世界観が異なっていたとしても人間の統一は可能と主張してきた。キリスト教、イスラム教、儒教、仏教などすべての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化して、その統一を成し遂げる」と説明し、「宗教間の平和・統合がない限り、世界の平和もあり得ない」と主張してきた。

 ちなみに、べネディクト16世(在位2005~13年)は2005年9月、教皇の別荘カステル・ガンドルフォにキュング氏を招き、会談したことがある。会談内容は公表されなかったが、当時キュング氏の名誉回復が近いのではないか、といった憶測が流れた。だが、同氏の生前中の名誉回復は実現しなかった。

 教授が聖職を剥奪された直接の原因は「教皇の不可謬説」や「教皇の絶対性」のドグマの否定だ。「教皇不可謬説」とは、カトリック教会の説明によると、ローマ教皇が教会の伝統として教えてきた信仰と道徳に関する内容を教皇座(エクス・カテドラ、ex cathedra)が宣言した場合(世界教会の霊的指導者として一定の手順を踏まえて語る場合)、「教皇は絶対に間違わない」というドグマだ。

 「教皇不可謬説」は1870年7月、第1バチカン公会議で教義(ドグマ)として宣言されたが、「教皇不可謬説」が公式にドグマと宣言されるまで紆余曲折があった。ピウス9世(在位1846~78年)はカトリック教義の絶対性を主張し、教会改革派を批判、近代主義者、自由主義の誤謬を文書でまとめているほどだ。ちなみに、公会議では「教皇不可謬説」をドグマとする否かで協議されたが、意見が分かれ、多くの司教、神父たちが公会議から退出するというハプニングが起きている。「教皇不可謬説」がドグマとなれば、カトリック教義の乱用への道を開く、というのがその主要な批判点だった(「150年前「教皇不可謬」の教義宣言」2020年7月21日参考)。 

 キュング氏は教職資格を失った後も「自分は忠実なカトリック神学者だ」と主張し、「神は存在するか」「世界のエトス」など多数の著書を発表し、30カ国以上に翻訳された。ドイツカトリック教会司教会議のゲオルグ・べッツィンク議長は、「キュング氏はキリスト教や超教派との対話に努力してきた。彼は第2バチカン公会議の精神を実践してきた」と評価している。

 キュング教授が著書「7人の教皇たち」の中で、ローマ教皇フランシスコに対し、「フランシスコ教皇が実際、教会の改革を実施するのならば、司教や神父たちは教皇を支えるべきだ。改革は1人では難しい。それを支える多くの人々が必要だ。歴代のローマ教皇は語るだけだったが、フランシスコ教皇はスキャンダルの中にあったIOR(バチカンの資金 運営をつかさどる組織、宗教事業協会)を改革し、教会内の雰囲気も明るくしている」と語っている。

 当方は2000年12月、ウィーン訪問中のキュング氏と単独で会見する機会を与えられた。国連主導の「文明間の対話」というプロジェクトでキュング氏は指導的な役割を果たしていた。同氏は会見の中で、「私が主張する新しいパラダイムとは、対立から協調の世界であり、強国が弱小国家を制圧する世界に代わって、公平と平等に基づく世界だ。共通倫理は誰が決めるのではなく、我々の中に既に刻印されている。嘘をついてはならない、人を殺してはならない、といったモーセの十戒のような内容だ。これは聖書だけではなく、コーランの中にも明記されている。インド、中国の経典にも見出せる」と主張し、「世界の宗教者が一堂に結集して現代社会が直面している問題を協議することは国連を刷新する意味でも有益だ」と述べている(「世界的神学者キュング氏90歳に」2018年3月19日参考)。

 キュング氏が40年前に蒔いた教会の刷新への声は世界に広がり、聖職者の独身制の廃止や女性聖職者任命など様々な教会改革運動となって展開されてきた。キョング氏は自身が願ってきた「宗教の統合」を目撃出来なかったが、同氏が蒔いた種は着実に根を下ろしている。

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