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「グローバル・ブリテイン」を掲げる新生英国の深謀遠慮

「アジア太平洋回帰」を本格始動

河添恵子氏

河添恵子氏

 ブレグジット(英国の欧州連合からの離脱)の移行期を昨年末に終えた英国が、「アジア太平洋回帰」を本格始動している。

 米国のジョー・バイデン大統領が、ペンタゴン(国防総省)内で演説し「中国の挑戦に立ち向かい競争に勝つために、強力な同盟とのパートナーシップが重要」と強調し、同省内に対中戦略見直しのための特別作業チームを立ち上げたことが報じられたが、そのバイデン政権以上に日本との関係の再構築に熱心で、中国共産党政府を「敵」と位置づけ新戦略で果敢に動いているのが英国ではないだろうか。

 欧州連合からの移行期だった昨年7月、河野太郎防衛大臣(当時)が、英保守党の中国研究グループのセミナーで「ファイブアイズとの連携強化の考え」を語った。すると9月にボリス・ジョンソン首相が議会内で、「日本のファイブアイズ加盟は英国の考え」「英下院外交委員長も歓迎すると表明している」と語っている。

 ファイブアイズとは、米英を中核にカナダ、豪州、ニュージーランドの5カ国による〝情報諜報クラブ〟である。ただ、このファイブアイズと日本との関係はこれまで遠かった。

 ファイブアイズから先のアライアンスについては、いくつかの解説があるが、1つの分け方として(5 Eyes, 9 Eyes, & 14 Eyes Countries  What You NEED to Know )によると、ファイブアイズの次にナインアイズ(フランス、デンマーク、オランダ、ノルウェー)、その次にフォーティーンアイズとなるが、この14カ国までに日本は含まれていない。その次のカテゴリーのなかに日本やイスラエル、シンガポール、韓国が入っている。とすれば、日本との関係を飛躍的に昇格させようとの目論見があることは明確である。

 コロナ禍でかすんだ感があるが、昨年は「5G(第五世代移動通信)元年」だった。先日、報じられたLINEにまつわるニュース――中共政府に情報が吸い取られている――についても、米英が日本に対して〝脱中国〟を促すために放った一撃だと推測する。中国がハッキングしているのはLINEどころか「何でも」「全て」と個人的には疑っているが、主婦層にも親しまれ日常使いされてきたSNSの代表格であることから、この度のLINEがらみの報道は、「毒ギョーザ事件」以来の「中国不審」の裾野を広げることに役立ったはずだ。米英は韓国へも〝脱中共〟を促しているはずだが、現政権のベクトルは逆方向に向いている?

 トランプ政権時代、ファーウェイはじめ〝民間企業〟の看板を掲げる人民解放軍や国家安全部と密接な中国の巨大IT企業を次々と制裁対象に入れていったが、中共政府の監視体制から日本が離れるよう、米英で本格的な圧力をかけてきたのだと考えられる。個人的には大歓迎だが、情けないのは、日本は外圧によってのみ変革が促される国のようだ……。

 英国「ファーウェスト(far west)」が日本「ファーイースト(far east)」を囲い込み昨年9月、英国防参謀長のニック・カーター氏は、「統合運用コンセプト2025」を発表。そこで潜在的敵国としてロシアと中国を名指しして、「ロシアと中国の目標は戦争にいたる前に勝利すること」「彼らの“政治戦争”の戦略は、我々の結束を弱め、経済的・政治的・社会的回復力を侵食し、世界の主要地域で戦略的優位性を競うように設計されている」「中国は平和を偽装して軍事的な目的を達成する」と語った。カーター参謀長によれば、プーチン政権も中国と同じ「孫子の兵法=超限戦」を使っているらしい。

 いずれにせよ、アジア太平洋回帰に舵を切った英国は「ファーウェスト(far west)」から日本を「ファーイースト(far east)」として囲い込む算段だ。それは、中国の一帯一路構想を徹底的に牽制し、「デジタルレーニン」の別名もある習近平総書記とマルキスト集団が世界の覇者になる日を阻止する〝死闘〟を意味する。

 昨年末、英国と日本は包括的経済連携協定(EPA)も締結した。今年2月1日には、TPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加盟も正式に申請。安全保障の協力体制であるクアッド(日本と米国、豪州、インド)への参加の意向も示している。クアッド(Quad)には、英国のみならずフランスやドイツも近づいていることから、将来的にアジア版NATOになっていくかは分からないが、アジア太平洋地域での中国包囲網の流れは着実かつ急速に進展している。今年中に最新鋭の新空母「クイーン・エリザベス」を中心とした空母打撃群をアジア太平洋に派遣する予定もある。

 今年1月、ジョンソン首相は「G7にオーストラリア、インド、韓国を加えてD10(Democracy10)に発展させるべき」と語ったが、「自由と民主」「人権」を、北京に完全に奪われた香港問題しかり。そもそも香港返還に際して、「一国二制度」「50年不変(50年間は英統治時代と同じ)」などを盛り込んだ英中共同声明を1984年12月に発表した当事国は、米国ではなく英国なのだ。事実上、香港の高度な自治を守るための自由選挙も形骸化した。約束を反故にした中共に対し、英国がリベンジをしないはずがない。
 
 長らく欧州連合の構成国の1国だった英国が、「新生英国」になった今、十八番の外交力を1国主義で発揮できる。もちろん、豪州やカナダといったエリザベス女王を君主とする英連邦王国、英連邦との関係の深化や再構築(その多くが中共政府の〝赤い毒牙〟に染まっているため)にも意気込んでいるはずだ。

 2016年前後から、欧米のエスタブリッシュメントが復活させていたスローガンが、「自由と民主」「法の下の平等」「人権」である。近年、ウイグル問題(強制収容所、奴隷労働、臓器収奪など)で、習近平政権に攻勢をかけてきたのはトランプ政権、そして現バイデン政権だけではない。BBCやロイターなど、英国や英連邦が本拠地のマスメディアや通信社が、世界に向けて「残虐非道な中共政府」を喧伝している。

 長年、(反共産党系)中国語メディアと英字メディアを乱読してきた私は、西側社会の中共政府との関係性についての〝異変〟に気づいていた。そしてある瞬間に「ゴングが鳴った」と感じた。

 あちこちで書いたり話したりしている内容だが、再び記そう。

 それは2016年5月、バッキンガム宮殿で催されたエリザベス女王の90歳をお祝いする園遊会での、このお言葉だった。

 「(習近平一行は)とても非礼だった」

 前年の10月、習近平国家主席らが国賓として英国を公式訪問した際の振る舞いについて、ロンドン警視庁の女性警視長と女王が交わした会話が、BBCによって世界に報じられた。世界から敬愛される女王が、意図的に発信したのだと直感した。その真意は、英国のみならず英連邦そして米国などに対し「中国共産党(中共)の〝赤い工作〟に溺れている時代は、いい加減おしまいですよ」との叱咤激励だったのではないか。

 事実、その直後の5月下旬の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)では、習主席と密接な関係を築いたかに見えたデーヴィッド・キャメロン英首相までが「ホワイトハウスは北京にやりたいようにやらせすぎた」と発言。これには、すかさず中共の機関紙『環球時報』は「自分たちがいまだに日の沈まない帝国だと思っている。キャメロン英首相の思い上がりも甚だしい」と反撃した。すなわち「オレたちが日の沈まない帝国=大中華帝国となり世界覇権を目指す」と宣言したのだ。

 その後、〝神の采配〟なのか国民投票によりブレグジットが決まった。

 日英は「パートナー(partner )」から「アライス(allies)」へ
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)日本特別代表の秋元千明氏が『ニューズウイークジャパン』に上梓した論文「イギリスは日本を最も重視し、『新・日英同盟』構築へ。始動するグローバル・ブリテイン」(3月16日)は興味深い。EU離脱後の「グローバル・ブリテイン」に関する初めての戦略報告「統合レビュー」が同日に発表されということで、「英国が過去50年にわたり、欧州の安全保障に専念しながらもいつか伝統的な世界国家に回帰しようと長期にわたって温めてきたものであり、決してEU離脱を受けて考案した即製の戦略ではない」と記されていた。

 100年前に時計の針を戻せば、大英帝国は世界各地に植民地を持つ海軍強国だった。上述の通り、「日の沈まない帝国」は、中共が21世紀の「日の沈まない帝国」へと着々と歩むなかで、「グローバル・ブリテイン」に回帰するということなのだ。

 秋元氏の同論文によると、グローバル・ブリテインは英外務省が2018年3月の議会下院外交特別委員会に提出した覚書「グローバル・ブリテインの政府ビジョンと政府部門がこのビジョンを実現することを支援し有効化するための外務省と英連邦オフィスの役割」が素案になっているという。

 同覚書には、「世界の成長の中心であるインド太平洋地域に新しく重点を置く。そこには英連邦の一部があり、それは世界中の国と国を結ぶ広大なネットワークとして、我々に巨大な利益をもたらしてくれるだろう」と記されている。

 グローバル・ブリテイン――英国独自の伝統的な戦略理念の集大成、のなかで注目点は英国が戦略の重心を新たにインド太平洋に置き、日本とこの地域に散在する英連邦国家と同盟を結ぶことによって、インド太平洋に「新しい秩序」を構築していく、という点である。別の表現にすれば、全体主義の「一帯一路構想」VS「自由と民主」のグローバル・ブリテイン構想という対決軸だと受け取れる。

 英国にとって最も心強い同盟関係は現状、英連邦王国の主要な1国、豪州なのだろう。同国は2016年夏頃、マルコム・ターンブル政権の途中段階からガラリと対中政策を変え、スコット・モリソン政権となり、コロナ禍の昨年、決定的に敵対関係へと変わっている。コロナウイルスの起源と正体に対する独自調査に関して、豪州がリーダーシップをとり世界保健機関(WHO)と中国に強い姿勢で臨み、挙げ句は貿易戦争となり世界貿易機関(WTO)に提訴している。

 また、同論文には2017年8月に完成したばかりの新空母クイーン・エリザベスの飛行甲板の上で、乗組員を前にテリーザ・メイ首相(当時)が下記のような演説をしたことも記されている。

 「私たちは、完全なグローバルパワーとしてあり続けることを決断した。私たちは世界中の友好国や同盟国と協力しながら活動することになる。NATOの指導国として、欧州随一の軍事大国として、そして国連安全保障理事国、常任理事国として、英国は規範に基づく国際秩序を維持し、それを支える自由主義の価値を守る責任を負っている」

 演説の後、メイ首相は日本へ飛び安倍晋三首相と面会しているが、日本との関係を「パートナー(partner )」ではなく「アライス(allies)」(同盟)と表現した。1923年に日英同盟が解消されて以来、ほぼ1世紀ぶりに「同盟」関係に戻った瞬間だったことになる。

 さて、英国は今年、大変に重要なイベントが続く1年となる。英王国フィリップ殿下100歳の誕生日、エリザベス女王95歳の誕生日、ダイアナ元妃の生誕60周年記念である。一方、中国共産党は7月に結党100年を迎える。ただ、世界(西側社会)から習政権への祝賀の声は聞こえてこない。

 コロナ禍とワクチン関連に翻弄される世界、日本ではあるが、我々は「米中新冷戦」という視点のみならず、「英中死闘」の本格化と日本の役割を認識し、個々が具体的な行動に移すべき時が来ている。

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