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コロナ禍の英国ユダヤ社会

獨協大学教授 佐藤 唯行

超正統派でクラスター
ニュースを見ず密状態で礼拝

佐藤 唯行

獨協大学教授 佐藤 唯行

 ユダヤ人は健康志向と長寿で名高い人々だ。

 過度な飲酒や喫煙を控える生活習慣、医療を受けやすい社会的立場、良好な生活環境を保障する経済力。これらが合わさって他集団を凌駕(りょうが)する長寿と健康を享受してきたのだ。当の彼らもその事実を誇りにしてきた。

 しかし昨年4月5日、英国ユダヤ代表者委員会が発表した数値はユダヤ人側の自負を打ち砕き、深刻な動揺を与える内容だった。英国総人口の0・4%にすぎぬユダヤ人が、全英のコロナ病死者数の2・3%を占めていた事実を明らかにしたからだ。それは人口比5・75倍の死亡率に他ならなかった。英国は欧州最多のコロナ死者を出した国だが、中でもユダヤ人の死亡率は突出していたのだ。

祭りが感染拡大の温床

 考えられる第一の原因は居住地域だ。在英ユダヤ人の3分の2がロンドンに集中している点は重要だ。世界中からの来訪者が集まるこの都市で暮らす者は、地方在住者より余程感染リスクが高まるからだ。

 次は高齢者の比率だ。英国ユダヤ人のうち、65歳以上の比率は21%。英国人一般の16・4%と比べやや高い。高齢がコロナ重症化のリスク要因であることは周知の事実だ。

 教会堂礼拝への出席率の高さも悪材料と考えられる。英国人キリスト教徒の日曜礼拝出席率は10%にすぎないが、ユダヤ教徒は25%がほぼ毎週、安息日の会堂礼拝に出席しているのだ。「密状態」が発生しやすい会堂礼拝は典型的なリスク要因なのだ。

 ユダヤ教の年中行事の中で、昨春、感染拡大に一役買ってしまったと考えられるのが、都市(ロック)封鎖(ダウン)の少し前、3月9~10日に祝われたプリム祭だ。「ユダヤ教のカーニヴァル」と仇名(あだな)されるこの祭りは、家族・友人が集まり、飲食しながら歌い踊る賑(にぎ)やかなものだ。2019年までは喜びの祭りだったのだが、昨年に限り感染拡大の温床と化したと指摘する識者もいる。

 ロンドン北郊のユダヤ教超正統派地区が感染拡大のホットスポットとなったと語る関係者の指摘は重要だ。名付けて超正統派リスクだ。英国ユダヤ人口の20%を占める超正統派は、世俗社会を自分たちの信仰生活にとり、有害なものと考える人々だ。それ故、テレビ放送を「悪(あ)しき衝動を与える汚れたもの」として視聴を禁じてきたのだ。これが命取りとなってしまった。つまり視聴を通じて感染爆発の深刻さを速やかに認識する機会と、正しい予防情報の入手機会を逃してしまった点だ。

 実際、同派信徒の中には、家族が重症化して初めて社会的距離を保つことの大切さが分かったと語る者もいたほどだ。いかに用心深く行動したらよいか、というテレビ放送を通じての予防メッセージは、彼らの元には届かなかったのだ。

 超正統派では成人男子の多くが神学生として終生、教典学習に専念する。狭く換気の劣悪な教室で大勢が声を出して教典を唱える伝統的な学習スタイルもリスク要因だ。会堂礼拝出席率も抜群で86%。礼拝は密室で、大声で聖句を唱える信徒が互いに抱擁を繰り返す独特な形式で、クラスター発生条件がそろっている。

 多産を神の御旨とし、また妻のパート収入に依存するため、所得水準が低い彼らが狭い家でたくさんの家族と暮らしている状況も見逃せない。世帯当たりの人数は英国人一般の2・3人、英国ユダヤ人の2・7人に対し、超正統派は5・3人と群を抜いているのだ。

政府の要請にも従わず

 この他に政府の要請にも容易に従おうとせぬ分離主義的な生き方も感染拡大を招いたと考えられる。全てのユダヤ教会堂が閉鎖された4月以後もソーシャルディスタンスの指針を無視し、自宅裏庭で秘(ひそ)かに集団礼拝を続けていた超正統派の姿が目撃されているのだ。昨春、彼らの集住地区は英国最悪のコロナのホットスポットの一つと化していたと思われるのだ。

 さてコロナが猛威を振るう中、ユダヤ人にとり最大の強みだった宗教が最大の弱点と化してしまった有様を見てきた。同様の状況はユダヤ人口の中で超正統派の占める割合が英国と同じように高いイスラエル、豪州でも確認できる。予断を許さぬコロナ禍。引き続きユダヤ社会を注視してゆきたい。

(さとう・ただゆき)

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