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革命の起爆剤、テケシュ牧師「民主主義学ぶには時間必要」

ルーマニア独裁体制崩壊から30年

ルーマニア中部シビウで、ユンケル欧州委員長(中央)と共に撮影に応じるヨハニス・ルーマニア大統領( 左 )(5月8日、AFP時事)

ルーマニア中部シビウで、ユンケル欧州委員長(中央)と共に撮影に応じるヨハニス・ルーマニア大統領( 左 )(5月8日、AFP時事)

 ルーマニアに24年間君臨した独裁者ニコラエ・チャウシェスク大統領が反体制勢力によって公開処刑されて25日で30年目を迎える。同大統領夫妻の処刑シーンは全世界に放映され、それを見た北朝鮮の金日成主席、金正日総書記親子が当時、「次は俺たちかも」と震え上がったという話は有名だ。チャウシェスク政権崩壊に道を開き、「12月革命の英雄」と国民から呼ばれたラスロ・テケシュ牧師の証言を基に振り返った。

 1960年代から80年代にかけてルーマニア全土を掌握した同国共産党のチャウシェスク大統領の独裁政権崩壊へ最初の一撃を加えたのは、トランシルバニア地方の改革派キリスト教会のラスロ・テケシュ牧師(当時37歳)だった。少数民族マジャール系(ハンガリー人)の牧師が主導する、少数民族への弾圧政策に抗議する運動が改革の起爆剤となったことから、国民から「12月革命の英雄」とたたえられてきた。

 記者はチャウシェスク政権崩壊2カ月後、ハンガリー訪問中のテケシュ牧師と会見した。12月革命から30年目が経過する機会にもう一度、牧師との会見内容を取材ノートから思い出してみた。

 牧師は、「独裁者チャウシェスク大統領に不満を持つ人々が自発的に立ち上がったものだ。その発火点はチミシュアラ市民だった。12月の出来事は革命というより反乱だと考えている」と述べる一方、「国民は何のための蜂起かを理解していなかった。民主主義に対する認識が決定的に欠けていたからだ」と説明。民主化直後に急造された新政権「暫定国民統一評議会」に対して批判が続出したことについては、「チャウシェスク体制の負の遺産が残っているし、社会が民主化していない状況では当然だ」と指摘し、国民に「寛容と忍耐」を求めた。

 テケシュ牧師は、「目下、民主主義を模倣している段階だ。民主化プロセスが成功するためには、西側民主諸国と密接な関係を築く必要があるだろう。西側の民主主義のいい面を吸収できれば、時間はかかるが民主化は成功すると信じている」と強調していた。

 秘密警察が全土を支配する中、命の危険を顧みずに立ち上がり、民主化の起爆剤となったが、その原動力は何か、という記者の質問に対し、「キリスト者としての信仰と、不義な者から逃避してはならないという確信があった。多くの国民も、人間として自由でありたいという願いは、生命を失うかもしれないという恐れより強かった」と語った。

 北朝鮮の独裁者・金正恩朝鮮労働党委員長が聞いたら恐れを感じるセリフだろう。恐怖と粛清が支配する独裁社会でも命を懸けて立ち上がる人間が一人でも出てくれば、独裁体制は崩壊してしまうことをルーマニアは世界に示したからだ。

 あれから30年。ルーマニアは現在、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の加盟国だが、民主化へ多くの課題を抱えている。

 2016年12月11日に実施された総選挙に圧勝した与党中道左派「社会民主党」(PSD)は昨年1月15日、中道右派「自由民主主義同盟」(ALDE)と連立政権を発足させ、ビオリカ・ダンチラ首相が就任した。

 PSDは公式には社会民主主義を標榜(ひょうぼう)しているが、実際はチャウシェスク独裁政権に仕えてきた政治家や閣僚による「腐敗政治家、ビジネスマンの寄せ集め集団」とも言われる。

 昨年8月10、11両日、各地でPSD政権の退陣、早期総選挙の実施などを要求する大規模なデモ集会が行われた。首都ブカレストの政府建物前で開催されたデモ集会では、警察部隊が催涙ガスや放水車でデモ参加者を強制的に追い払い、452人の負傷者が出た。ダンチラ政権は10月、不信任案が可決され崩壊した。

 先月24日、大統領選の決選投票が実施され、中道右派「国民自由党」(PNL)が支援した現職のクラウス・ヨハニス大統領(60)が、ダンチラ前首相を破り再選された。

 テケシュ牧師は「民主主義を学ぶには時間が必要だ」と語っていたが、その予測は残念ながら当たった。EU加盟国の中でも国民経済の発展は遅れ、腐敗対策は不十分だ。しかし、30年前に独裁者チャウシェスク大統領を自発的な人民の蜂起で打倒し、独裁体制下で苦しむ世界の人々に勇気を与えた。ルーマニアの発展を期待したい。

(ウィーン・小川 敏)

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