«
»

ユンケル氏が描くEU将来像

小林 宏晨日本大学名誉教授 小林 宏晨

実現性低い多数決議方式
対外政策は加盟国の守備範囲

 2017年9月13日、ジャンクロード・ユンケル欧州連合(EU)委員長は、欧州議会への年次報告を行った。当然のことに、この報告には、将来の改革提案も含まれる。なおEUの経済環境は、経済危機を克服し、失業率が過去9年間で最低(ユーロゾーン平均9・1%、EU平均7・7%)、しかも前年比経済成長率は約2%で、EU離脱問題でカオス状態のイギリス、トランプ台頭のアメリカの不安定状態と比べるならば、17年度でのEUメンバー諸国の議会選挙において、大部分の大衆迎合(ポピュリスト)諸政党の敗北の現状からして、EUは比較的安定していると言い得る。このような状況からして、ドイツでの「ドイツのための選択肢(AfD)」が世論調査以上の成功を収める蓋然(がいぜん)性はさほど重要視されていない。以下、ユンケル委員長の諸提案を具体的に紹介・検討したい。

 一、EUの対外政策比重の増大:対外政策領域における諸決議は依然としてEUメンバー諸国の全会一致で行われている。ユンケル委員長は、対外政策における迅速な対応を目的として、この全会一致決議方式を特別多数決議(5分の4、4分の3あるいは3分の2?)方式に代える提案をした。しかし、この提案は、メンバー諸国の主権制限につながる微妙な問題なので、当面実現の蓋然性は低い。

 一、全てのEU諸国へのユーロの導入:共同体通貨たるユーロは、既に1992年のマーストリヒト条約以来、長期的には、関連基準を満たす全てのEU諸国に導入されるべきだとされている。ユンケル委員長は、この通貨の導入を支援する「参加手段」の導入を提案した。

 一、欧州経済・財務相の導入:この機関は、なかんずくEUメンバー諸国の構造改革を推進すべきだとされる。ユンケル委員長は、共同域内市場のための決議をこれまでの全会一致ではなく、特別多数で行うことを提案した。

 一、公正な課税制度の導入:ユンケル委員長は、この領域にも、決議が阻止されないために、全会一致ではなく、特別多数制度の導入を提案した。

 一、より公正な社会の実現:ユンケル委員長は、今年11月のヨーテボリEU首脳会議で共通の社会スタンダードの導入合意を予定している。つまり「同一地域における同一労働に対する同一賃金の」実現がこれである。

 一、外国投資活動の統制:欧州の戦略的利益あるいは安全に触れる外国の投資活動に対して新たなメカニズムがEUを守るべし。この詳細規定については日本も参考にすべきであろう。

 一、透明度の高い自由貿易協定:カナダ・EU貿易・投資協定(Ceta)並びに日本との自由貿易協定の後、ユンケル委員長は本年中にもメキシコおよび南アメリカ諸国との貿易協定を締結する予定である。しかも交渉方式では秘密主義を排し、透明度を高め、協定案は公表を原則としている。

 一、EU首脳は一人に限定:ユンケル委員長は、EU委員長とEU理事会理事長(大統領)が同一人物となることを提案した。ユンケル委員長が既に2期目の立候補の放棄を宣言したので、氏がこの地位に就くことはあり得ないとされている。

 一、不法移民の削減と合法移民の増大:ユンケル委員長は、合法的移民手続きの強化を宣言した。このような方式を通してのみ不法移民の増大を防ぐことができるとされている。EUの対外境界の保護が強化され、東地中海では不法移民が前年比97%、中央地中海では81%減少した。

 一、テロ対策措置:テロ対策としては、EUメンバー諸国の情報・治安・軍諸機関間の相互情報交換の強化が挙げられる。

 一、気候変動対策:ユンケル委員長によれば、この領域でEUは、世界での指導的役割を演じなければならない。当面のところEUは、CO2排出削減提案を継続する。

 以上がユンケル委員長提案の要旨であるが、その現実は極めて厳しい。用例を挙げよう。

 難民配分に際してポーランドとハンガリーの両国は、連帯、つまり引き受けを拒否したばかりか、この問題に関する欧州裁判所の判決の履行も拒否した。これに対して欧州委員会は無力である。何ら有効な措置を取り得ないのだ。

 世界政治におけるEUの比重を高めようとするユンケル委員長提案の実現可能性への疑念は的を射ている。なぜなら、対外政策はEU諸機関ではなく、メンバー諸国の本来的守備範囲に属しているからである。それ故に、EUはこの領域の決議を全会一致と決めているのである。この決議方式を特別多数方式に変えるためには、やはり全会一致方式で決定しなければならない。

 ユンケル委員長いわく、欧州は、難民に対する要塞ではないし、しかも決して要塞となってはならない。欧州は迫害から逃れる人々が保護を見いだす連帯の大陸にとどまる。なお難民救済で主役を演じたEUメンバー国は、なかんずく難民を最大限受け入れたドイツであり、難民を具体的に海から救い上げたイタリアである。国家にあらざる「法治国家体制」たるEUの良心にエールを送りたい。

 わが国も、武力紛争の際における自国民の有効な救済のためばかりか、難民の帰国までの措置を含めた救済のためにも法整備を行うことが不可欠と考える。

(こばやし・ひろあき)

1

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。