ワシントン・タイムズ・ジャパン

彭帥さん事件は内政と外交のカードで使われる

「不倫」ではなく「屈辱」を表現

 11月2日の夜10時頃だった。中国の有名女子テニス選手でダブルス元世界ランク1位の彭帥さんが、前共産党最高幹部(政治局常務委員 序列7位)の張高麗前副首相に「性的関係を強要されていた」ことを自身のSNS(中国版ツイッターのウェイボー)にて長文で発表。

 1000文字をゆうに超える長文は、ネット上から約20分後に削除されたが、その時点で10万回以上のアクセスがあり、しかも反共産党系の中国語メディアが転載し、世界に拡散され続けた。だから、私も彼女が書いたとされるウェイボーの内容は全文読んでいる。

河添恵子氏

ノンフィクション作家
河添恵子氏

 
 告発をしてしまった彭帥さんのアカウントは即停止となり、本人がしばらく行方不明になったことから、西側メディアはこの件を中共政府による‶人権問題〟と断じた。一方の中国当局は、音信不通になっていた彼女を(推測ではあるが)監視下に置いて露出させたことから、この問題はますます炎上している。
 
 世界のマスメディアや反中国共産党系メディアの報道、WTA(女子テニス協会)会長兼CEOのスティーブ・サイモン氏による「WTA選手、彭帥に関する出来事に深い懸念を抱いている。女性に特化した組織として、私たちは平等、機会、尊敬という設立の原則に引き続きコミットしている」「中国市場から撤退の可能性」などの複数にわたる強い声明、大坂なおみ選手やロジャー・フェデラー選手、ノバク・ジョコビッチ選手らスーパープレイヤーによるツイッターでの発信、IOCのバッハ会長がリモートで彼女と面談するなどが次々と報じられ、約1ヵ月を過ぎている。
 
 さて、中国外交部の汪文斌報道官は、「彭帥さんのSNS告発事件」が起きた直後に外国メディアに質問された際、「私はこの事件を聞いたことがない。これは外交問題ではない」と受け流そうとした。知らないわけはないが、明らかに「逃げ」ようとしたことだけはわかる。
 
 だから、我々は冷静に考えてみる必要がある。
世界覇権を狙う中共政府の、「元」とはいえ政府高官が絡むスキャンダルは、内政にフォーカスすれば「敵の失脚につなげるチャンス」となる。外交にフォーカスすれば「中国共産党政府を脅威」と考えるすべての政府機関や国際組織にとって「旬で使えるカード」になる。北京冬季五輪は来年2月、もうすぐ始まる。今年前半から北京五輪への政治・外交ボイコットを掲げてきた米英欧の上下議会にとっては、習近平体制の中共政府を「自由と民主」「法の下の平等」「人権」の価値観と乖離するモンスターと批難する新たな材料を持つことになるのだ。

 ところが、日本のマスコミには「内政とは関係ない(「政治ではなく不倫」との別表現)」との空気が少なからずあるようで、それは中国側に操られた人間による仕業か国際政治においてズブの素人が発しているミスリードとしか私には思えない。
 
 また、張氏は現在75歳になるが、40歳年下の現在35歳のテニスプレイヤーと3年前までの7年ほどにわたり断続的に関係を持っていたとされる。SNSの内容からは少なくとも援助交際ではないこともわかるが、「貴方はいつも、私が録音機などで証拠を残すことを恐れていた。そして私(の肉体だけで何も持っていない状態)、録音も録画もされないことを確認した」といった生々しい記述には、屈辱とやるせなさがにじみ出ている。
 
 一瞬の「愛」ですら「100%信用することはない」関係での秘めごとだったとすれば、さらには張氏の妻も承知の上だったとすれば、マスメディアが故意?無神経?に使った「不倫」という表現には違和感を覚える。 

プーさんとの2ショット写真は隠れたメッセージ?

 この事件を知った当初、私の脳裏には下記のごとく、大枠では3つ浮かんだ。
 
1)もし、彭帥さんが自身の感情にかまけて独断でSNSにて公表したのであれば、今後、行方不明になるか自宅軟禁、刑務所、労働改造施設などに押し込められる可能性がある。露出したとしても「自由」はなくなるし、テニスプレイヤーとして現役を継続して世界を転戦することは難しくなる。

2)張高麗氏(引退から3年)は習近平一派の敵、すなわち江沢民一派の大物幹部(石油・エネルギー閥)の1人だ。共産党内部の権力闘争が熾烈化する中、彭女史と張前副首相との関係を知っていた習近平一派の誰かが、江沢民一派の弱体化をもくろみ彭さんを「使った」可能性はゼロではない。例えばロシア(プーチン大統領)との天然ガスのパイプライン建設事業の契約に関わった張氏がその利権を離さず、習一派が奪取したいと企てたのかもしれない。張氏は環境利権も少なからず持っているようなのだ。

 それと、中国共産党はこの11月、重要会議「六中全会(第19期中央委員会第6回全体会議)」において、党の100年の歩みを総括する歴史決議を採択したが、その採択に至るまでに習近平勢力と江沢民派とで相当な攻防戦があったとの話も漏れ伝わる。挙げ句、江沢民とその派閥がますます隅に追いやられたことは事実である。
 
 補足すると、張氏は習近平体制1期目のチャイナセブン時代に1度、失脚が噂された人物である。日本でも報じられた事件だが2015年8月12日の深夜、天津の浜海新区で大爆発事故が発生した。あの爆発があった地域は、2007年から2012年まで天津市党委書記(市トップ)を務めた張氏の牙城だった。あの爆発事故については、「習近平の失脚を図り、江沢民一派の張氏が企てた?」との説も当時、流れた。その後、失脚したのは張氏の最側近だった。張氏が彭帥氏と「関係」を持ったのも天津時代に始まったとされる…。
 
 そして3つ目は、習近平体制(中国共産党体制)の崩壊を画策する海外勢力が、有名テニスプレイヤーの彭帥さんにSNSで告発するよう促した可能性である。セクハラ告発運動「#MeToo(私も)」で、中国共産党の上層部を揺るがしていくためだろうか? ただ、残念ながらノーベル平和賞受賞の劉暁波氏の二の舞(民主化を訴え軟禁状態となり、ノーベル平和賞受賞、西側諸国からは英雄視され続け……自由になることなく病死)のような悲惨な運命をたどってしまう可能性もゼロではない。彼女が海外にいて発信していれば西側諸国とマスメディアが守ったはずだが、中国に居ながらの告発は無謀すぎ。逃げようがない。
 
 すなわち、中共政府は彭帥さんを今後、絶対に野放しにはしないだろう。事実、久々に姿を現した彼女について、反共産党系メディアや言論人は「テニスプレイヤーから俳優に変わった(「操り人形になった」との意味)」と例えている。なぜなら、彼女が元気に普通に過ごしているという「アリバイづくり?」の写真が、中国環球電視網(CGTN)の編集責任者のツイッターアカウントから公開された。彼女は部屋らしきで中国を象徴するパンダのグッズを抱え、背景にはたくさんのカラフルなぬいぐるみと写真盾が写り込んでいたが、写真盾の写真(拡大して見た)は、驚くことに熊のプーさんと彼女の2ショットだったのだ。
 
 プーさんと言えば「習近平」を示す隠語であり、しかも習近平体制はプーさんをNGにしてきた。海外に対し、「私は習近平体制に寄り添っています」とのメッセージを込めた写真だと受け止められてもおかしくはない。それが「彼女の自由意思」であるかは別として、少なくとも故意にある意図をもってその写真盾は置かれたと見るべきだ。国内の中国人が基本的には使えないツイッターで、CGTNが彼女の「存在」を発信している点からも、中国当局による海外への何らかのメッセージを、そこから読み取るべきなのだ。
 
 さて、ウイグル人やチベット人に限らず、中国人民に人権はないことは世界の周知の事実となっている。その上で、「国家の宝」のはずの一流アスリートであっても、モンスター化した共産主義者に〝道具〟のように扱われる実例を今回、我々は見せつけられている。この自由なき監視・管理社会の恐ろしさを、もういい加減、我々は対岸の火事だと思っている場合ではない。

12

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。