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香港発砲事件と中国共産党の野蛮さの本質、そして日本

 中国共産党が中華人民共和国成立70年を野蛮な軍事パレードで祝う昨日、香港で若者が警官の銃弾を浴びました。非常に悲しい話であり、いまはとにかく負傷した若者が無事であることを祈るばかりです。そして、この「建国70周年」を迎えた中国という国の本質が、結局は「軍事独裁国家」であり、自由主義経済の恩恵を受けながら自国は頑なに自由・民主主義を拒絶するという「ご都合主義国家」であることの証拠です。ただし、30年前の天安門事件と異なり、香港には限定的ながらも言論の自由は残っていますし、なによりインターネットが存在しているのです。


●中国の本質は軍事独裁国家

 昨日は「中華人民共和国」なる国が成立して70周年という記念すべき日でした。

 そして、中国・北京の天安門広場では建国70周年の「国慶節」(建国記念日)を記念する式典が行われたらしく、次のAFPBBニュースによれば、習近平(しゅう・きんぺい)国家主席は演説で「一国に制度を堅持する」と述べたのだそうです。

中国で建国70周年の記念式典 習主席「一国二制度を堅持」(2019年10月1日 15:41付 AFPBBニュースより)


 ちなみにこのAFPBBニュースの記事によれば、式典で披露された軍事パレードでは「兵士ら約1.5万人」「戦車やミサイル、先端技術を搭載した無人機」などが登場し、天安門広場の壇上からは人民服を来た習近平氏を筆頭とする中国共産党幹部がパレードを見守ったのだとか。

 さて、「軍事パレード」と聞いて、憲法第9条を守っていれば戦争が発生しない、などと主張する、日本共産党や朝日新聞社を筆頭とする「護憲派」の皆さんは、何か言うべきことがあるのではないでしょうか。なぜ「軍事パレード」という野蛮な行為にダンマリを決め込むのでしょうか。

 もちろん、「軍事パレード」といわれて真っ先に旧ソ連や現ロシア、あるいは北朝鮮などをイメージする人は多いと思いますが、次の『ビジネスインサイダー・ジャパン』の記事を読む限りは、軍事パレードを実施すること自体、べつに共産圏の専売特許ではありません。

写真で見る、世界各国の軍事パレード(2018/02/11 15:00付 BUSINESS INSIDER JAPANより)


 しかし、やはり「建国の節目」にミサイルだの軍用機だのといった武器を大々的に誇示する軍事パレードで祝うのは、やはり、この「中華人民共和国」という国の本質が「軍事独裁国家」であることを意味しているように思えてなりません。

●象徴的な日に若者が撃たれる

 そんな現代中国を象徴しているのでしょうか。

 デモ隊と香港政庁の対立が続く香港で火曜日、18歳の若者が警察官によって撃たれるという事件が発生しました。ここではオールドメディアとウェブメディア、2つの情報源から眺めてみましょう。

 まずはオールドメディアの方です。ここでは便宜上、米メディアWSJが配信した、日本時間昨日夜10時前の記事です。

Hong Kong Protester Shot by Police as Demonstrations Descend Into Widespread Violence(米国夏時間2019/10/01(火) 08:50付=日本時間2019/10/01(火) 21:50付 WSJより)


 これによると「香港警察の報道官は警察官が18歳の青年の胸をめがけて発砲したと発表した」、「この若者は病院に搬送される途中で意識はあった」、などとしているそうです。

 一方、もう1つの情報源は、オールドメディアではなく、ツイッターです。


 つい先程、18歳の高校生が至近距離から警察に銃で左胸を撃たれました。実弾でした。この高校生は今、危篤状態に陥り、病院で治療中です。/あの警官は銃で足を狙うのではなく、心臓を標的にしました。殺人行為と同然です。

―――2019/10/01 19:34付 ツイッターより


 こちらのツイートの方では、「警察官が(意図的に)高校生の左胸(つまり心臓)を標的にした」と記載されており、ツイートに添付された動画を見る限りは、たしかに警察官が若者の胸に銃口を向けている姿が確認できます。

 もっとも、この情報にある、「撃たれたのが高校生だ」という情報については、昨日の夜時点で確認できませんでしたが、いずれにせよ「未来のある若者」が撃たれたという事実については、「自由民主主義国」の恩恵を受けて日本に暮らす私たち日本国民こそ、看過してはなりません。

 現時点において被害者の健康状態等は明らかではないそうですが、まずはこの若者が無事であることを祈りたいと思います。

●天安門時代との最大の差はインターネット

 この「中国70年の歴史」のなかで、香港で民主化を求める若者が撃たれたというのは、非常に象徴的な事件ではないでしょうか。

 民主化を求めた若者を力で制圧した事件といえば、今から30年前の1989年6月4日に中国・天安門で発生した、いわゆる「天安門事件」がその象徴でしょう。

 この天安門事件の直後、西側諸国などは中国を強く非難し、G7(米、日、西独、仏、英、伊、加)は対中首脳会談の停止や武器輸出の禁止などの外交・経済制裁を課しました。

 ただ、当時はインターネットなどありませんし、中国で何が起こっているのかを知るためには、報道機関が現地に入り、それを逐一、国外に向けてレポートしなければなりませんでした。

 しかし、現在は、インターネットがあります。

 しかも中国本土の場合は中国共産党がある程度情報をコントロールしていますが、香港においてはGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などのグローバル企業が運営するウェブサービス等については、基本的には統制されていません。

 このため、中国共産党にとっては、香港という「中国が支配する自由の地」におけるデモの封殺にかなり苦労しているのです。当ウェブサイトとしての勝手な見方ですが、習近平政権にとっても、米中貿易戦争などのハンドリングには苦慮が見え隠れします。

 実際、習近平氏といえば、中華人民共和国憲法に「習近平思想」なるものを書き込んだ人物でもありますが、私自身は昨年の『習近平の行動は安倍総理というフィルターを通せばよくわかる』でも報告したとおり、どうもこの人物がさほど有能であるようには思えないのです。

 (※余談ですが、日本共産党支持者や朝日新聞信者などを中心に、安倍晋三総理大臣をヒトラーになぞらえて「独裁者だ」などと批判する輩はやたらといるのですが、独裁を批判するならば、真っ先に批判すべきは自身を神格化しようとしている習近平国家主席そのものではないでしょうか?)

●当時の日本の愚かさを悔やむ

 さて、天安門事件といえば、当時の日本の対応については、いまになって考えると「あり得ない」ものでした。

 実際、天安門事件直後、フランス・アルシュで開かれたG7サミット(第15回アルシュサミット)では、『中国に関する宣言』(1989年7月15日)なるものが採用されましたが、このなかでは


「中国の孤立化を避け、可能な限り早期に協力関係への復帰をもたらす条件を創り出すよう期待する」


などの意味不明な文言が入りました。

 これについては、史上4番目の短命内閣として知られる宇野宗佑元首相のもとで外相を務めた三塚博(1927~2004)が「中国を孤立化させない」などと強硬に主張したがために、結果的にG7が一致団結して中国に対する圧力を最大化できなかった原因ではないでしょうか。

 また、日本の外務省が無能なのは戦時中も今も変わりませんが、天安門事件から3年後の1992年、日本政府は中国政府の要請を受け、天皇・皇后両陛下(現在の上皇・上皇后両陛下)の訪中を実現させています。

 天皇陛下の政治利用もさることながら、当時の日本の自民党政権がいかに国家観を欠いていたのか、いかに国益をないがしろにしていたのかと思うと、本当に悔やまれてなりません。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 ただし、人間は「過去を悔やむことができる」生き物であるとともに、「過去に学ぶことができる」生き物でもあります。

 日本が中国との関係悪化を恐れて中国の人権弾圧にダンマリを決め込んだ30年前の愚を繰り返すのか、それとも東アジアで最も成熟した自由民主主義国として、中国に対して「言うべきを言う」のか。

 そのことが注目されているように思えてなりません。


「新宿会計士の政治経済評論」より転載
https://shinjukuacc.com/20191002-01/

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