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ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅の本気度

 フィリピンでドゥテルテ大統領による麻薬撲滅運動が勢いを増している。国家警察によると、ドゥテルテ大統領が就任してから8月9日までに500人以上の麻薬容疑者が警官によって射殺され、自首した麻薬密売人や使用者は54万人にも達している。施政方針演説でドゥテルテ氏は、「すべての麻薬容疑者が刑務所に入るか地面の下に埋葬されるまで、摘発を止めるつもりはない」と言い切ったが、これは脅しではないようだ。容疑者の殺害に関して、米国務省や人権団体から非難の声が上がっているが、ドゥテルテ氏は、「人権は人間の尊厳を高めるためにあり、我々の国を破壊する口実に使うべきではない」と真っ向から反論。今後も現在の方針を貫く構えだ。

 ドゥテルテ氏は、麻薬犯罪の「減少」ではなく「撲滅」という高い目標を掲げている。たった1カ月ちょっとで500人以上の麻薬容疑者が殺害されたのは、その決意の現れといえるだろう。再発の芽を徹底的に潰し、彼が本気なのだということを国民や容疑者たちに、今のうちに知らしめることが重要なのだ。まさに鉄は熱いうちに打てである。なんでも途中で立ち消えになることが多いこの国の実情を見ていると、このスタートダッシュは非常に興味深い。少なくとも口だけの政治家ではないことは明らかだ。

 とはいえ、麻薬犯罪は海外からの密輸も大きな問題であり、国内の対策だけで完結するものではない。知っての通りフィリピンは島国で、7000以上の島々で構成されている。長い海岸線は密輸や密入国の取り締まりを難しいものにし、今でも高級車などの贅沢品からコメや野菜など食料品まで密輸が絶えない。まして麻薬のような小さなものの発見は困難を極めるだろう。どこかに腐敗した政治家や役人がいれば、そこから急速に流入が始まる。ドゥテルテ氏もこのことはお見通しで、次第に摘発の対象を末端の密売人や常習者から、警官や自治体の首長など麻薬犯罪の頂点に向かって移動させている。

 ドゥテルテ氏はこのほど、麻薬犯罪に関与している150人のリストを公表し自主的な出頭を求めた。リストには地方自治体の首長、裁判所の判事、国軍兵士や警官など多岐に渡り、フィリピンの麻薬犯罪の根深さをあらためて印象付けた。次はマニラ首都圏の首長に浄化のメスを入れるとしており、関係者は戦々恐々としていることだろう。まさに「聖域なし」と言ったところで、これまで政治経済を独占していたマニラの支配層に属さないドゥテルテ氏だからこそ出来る「大鉈」といえる。この大胆さとスピード感は、今までのフィリピンでは考えられないことだ。

 一方、海外からの麻薬密輸も巧妙化しており、最近も漁船を改造した「海上麻薬製造工場」で各地をめぐり、麻薬を売りさばいていた中国人が逮捕されたばかりだ。麻薬流通の頂点には、必ずといっていいほど中国人が関与しており、以前は財力に物を言わせて、腐敗した政治家や警官を買収して逮捕を免れていたが、ドゥテルテ政権で完全に風向きが変わった。就任間もなくドゥテルテ氏は、麻薬王と疑われる中国系実業家の男性を呼びつけ、「麻薬王でないことを証明しろ」「さもなくばお前を消す」と言い放った。後この男性は、ドゥテルテ氏に従い国家捜査局に出頭している。

 麻薬などの違法薬物の蔓延は日本でも問題となっているが、フィリピンはもっと深刻である。貧しい庶民はその生活の苦痛から逃れるために麻薬に手を出す。特に問題となっているのは、拘束時間が長く重労働であるタクシーやバスなど公共機関の運転手の麻薬汚染だ。事故を起こした運転手から麻薬反応が出ることも珍しくない。一方、裕福層でもいわゆる「パーティードラッグ」と呼ばれる薬物が若者を中心に横行している。今年5月にマニラ首都圏の商業施設で行われたコンサート会場で、次々と観客が卒倒し、米国人を含む5人が死亡した事件は記憶に新しい。警察が調べた結果、「エクスタシー」と呼ばれるドラッグの過剰摂取で心臓発作に至って死亡した可能性が高いという結果が出た。後に会場でドラッグを販売していた複数の密売人が逮捕れている。アキノ前政権下での出来事である。

 麻薬対策で最終的に行き着くのは、麻薬とは縁のない健全な生活を送るための貧困対策と、国民のモラル向上に尽きるだろう。ドゥテルテ氏の任期はたった6年。ただでさえ物事がゆっくりと進みがちなこの南国では、成し遂げられることは極めて限られる。ドゥテルテ氏が今の勢いのまま最後まで突き進み、果たしてそれに国民がついていけるのか…。じっくりと見守っていきたい。

(マニラ・福島純一)

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