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タイ、クーデターから2年 プラユット暫定政権、軍を後ろ盾に強権統治

タクシン派の政治基盤切り崩しへ

王室の後継問題も絡む

 “タイの軍政”が結構、長引いている。クーデターは2014年5月22日のことだった。きょうで丸2年が過ぎた。新憲法が制定され、総選挙が行われるのは早くて来年夏以降となる。プラユット暫定政権が軍を後ろ盾に強権統治を敷いているのは、守旧派を代表してタクシン派の政治基盤を徹底して弱体化すると同時に、王室の後継問題も絡んでいるもようだ。(池永達夫)

 タイが東南アジア諸国連合(ASEAN)の優等生として、ここまで経済力を伸ばしてきた一つの理由は、政治的安定度の高さがあったからだ。それが01年のタクシン政権誕生以後、国を二分するような亀裂が入ったまま、安定度は著しく損なわれている。

プラユット暫定首相

昨年12月23日、バンコクの首相府で演説するプラユット暫定首相(EPA=時事)

 とりわけ06年以降、東北部と北部の住民、バンコクの中低所得者層の支持を集めるタクシン元首相派と、特権階級、南部住民とバンコクの中間層を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治的にも社会的にも混迷状況が続いた経緯がある。

 軍部は14年5月20日、治安回復を理由に戒厳令を発令。さらに5月22日にクーデターでタクシン派政権を倒し、全権を掌握した。軍は当初、両派の和解を目指すとしていたが、その後の軍政下で鮮明になったのは、タクシン派の政治基盤弱体化を図るという一貫した姿勢だった。

 暫定政権はタクシン派の官僚、軍・警察幹部のほとんどを左遷し、地方のタクシン派団体を解散に追い込むなど、タクシン派つぶしを推進したのだ。さらに翌年1月には、軍政が設立した非民選の暫定国会「立法議会」が、「コメ担保融資制度をめぐる職務怠慢」でインラック前首相を弾劾にかけ、前首相の参政権を5年間停止させてもいる。

 軍がとりわけ危惧(きぐ)したのは、国王の後継問題でさらに両者の亀裂が深まることだった。タイ国王に不測の事態が生じた場合、国王継承をめぐって軍内部でも派閥闘争が起こる可能性があったからだ。というのも現プミポン国王の後継は、皇太子だけに相続する権利があるわけではなく、最終的には国王の意向が尊重される。場合によってはお家騒動も起こりかねず、暫定政権の強権統治は、事前にその芽を摘んでおこうという深謀遠慮が働いた結果だとされる。軍事政権はこれまで516人を逮捕、167人が軍事法廷で裁かれている。

 軍部は過去、20回近くクーデターで政治のテーブルをひっくり返し、実権を握ってきた経緯があるが、今回は脇が固く、簡単に政権を手放す意向は皆無だ。06年のクーデターでは、早い段階から選挙管理内閣へと手綱を緩め、次の総選挙でタクシン派政権の復活を許すという“失態”を演じたが、二度と失敗の轍(てつ)を踏むようなことはしない覚悟がプラユット暫定首相の背中ににじみ出ている。

 暫定政権が後ろ盾となった憲法起草委員会が提出した新憲法案は、国民投票を経て制定される見込みだ。

 新憲法案は、国民から選出された議員や内閣の権限に制限を加える一方、任命制の憲法裁判所などの権限を拡大する。さらに新憲法の下で行われる総選挙後の5年間、軍が上院議員を事実上、選出。軍が間接的に新政権をコントロールし、場合によっては有名無実化もできる。

 4月に施行された国民投票法は、投票のテーマについて賛成、反対を訴えることそのものを「投票妨害」とし、禁錮10年以下の重罰を科すことになっている。ちょうどタイでは王室そのものの議論を封じているのと同じだ。批判だけでなく、評価したり賛同したりすることも禁止している王室侮辱罪と重なって見える。いわば国民は、国民投票法に「アンタッチャブル」でなければならないのだ。

 しかし、これではバランスの取れた健全な社会にはならないだけでなく、意見表明の自由が担保されていないことから、結果の正当性にも影響しかねない。軍事政権の国民投票に対する批判封じ込めは、強力な選挙基盤を持つタクシン派を憲法で弱体化させることで、王室に軍、官僚といった伝統的な権力のトライアングルによる統治を維持するのが狙いとの見方が一般的だ。

 なお、暫定政権は想定していないようだが、万が一、国民投票で新憲法が否決される事態になれば、さらに総選挙は延長を余儀なくされ、暫定政権がそのまま居座り続けることになる。

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