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米基地にNOの比、危機には米軍頼む現実主義

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緊張 南シナ海(3)

フィリピンはソ連が崩壊した1991年、米軍駐留に「NO」を突き付け、国内の米軍基地を撤廃した。当時、上院で米軍の駐留に反対票を投じた12人の議員は、「マグニフィセント(尊厳) 12」と呼ばれ、国の誇りを守った英雄として尊敬を集めた。  1986年にピープルズパワー革命によるナショナリズムの高まりの中で生まれたコラソン・アキノ大統領は、米軍撤退を公約に掲げていた。しかし大統領就任後、米軍駐留容認に転じた。ところが、民衆革命の熱気が残る中で行われた新憲法の制定で、上院は米比相互防衛条約の延長を拒否。米軍は1991年にクラーク空軍基地から撤収を開始した。同年6月に起きたピナツボ火山の大噴火で、基地が被災したことも撤収を強く後押しした。そして米軍の撤収後、中国はここぞとばかりに空白地帯となった南シナ海に軍事拠点づくりを始めた。


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