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スー・チー論議は続くが、平和賞は民主側の重要カード

yamada

 

 今年のノーベル平和賞は国連世界食糧計画(WFP)の受賞と決まった。無難な選定だ。だが同賞のドラマ性が最も現れるのは、政権の弾圧やテロ組織の暴力に抗して民主化や人権、自由などのため闘ってきた個人の受賞だろう。

 最近30年では、91年のアウン・サン・スー・チー(ミャンマー)、03年のシリン・エバディ(イラン)、10年の劉暁波(中国)、14年のマララ・ユスフザイ(パキスタン)、18年のナディア・ムラド(イラク)といった人たちの受賞。そこには「あなたの闘いを世界は見守っているよ」とのエールが込められている。

 世界が見守っても、劉暁波氏は死直前まで獄につながれ、エバディ氏は平和賞のメダルや賞状を国に押収され、結局亡命を余儀なくされた。スーチー氏のドラマは、別の意味で暗転。軍による「ロヒンギャ民族浄化」を黙認、擁護しているとして、平和賞取り消しを求める国際抗議の集中砲火を浴びている。

 一昨年、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルから賞を取り消され、先月には欧州連合(EU)の議会からサハロフ賞の受賞者活動資格停止処分を受けた。パリ市やカナダなどの名誉市民称号もはく奪された。

90年代半ば、軍政による自宅軟禁の合間にインタビューした私は、彼女の「鉄の女」ぶりに驚いた。「夫や子に長期間会えずにいるが、あなたの気力に影響するか」と尋ねたら、「そんなことがあってたまるものですか」。民主化のためには家族の情など完全封印していた。

 今、その民主化は未完成である。完成には、憲法を改正し国軍との力関係を変えなければならないが、国会議席の4分の1が軍人に割り当てられているから極めて困難である。来月8日、総選挙が行われる。与党は過半数を維持するだろうが、その程度ではダメなのだ。でも鉄の女は、民主主義完成までロヒンギャ問題での国際的悪罵も耐えるつもりだろう。

世界からの何十万もの受賞取り消し要求署名に対し、ノルウェー・ノーベル委員会は「過去の業績への賞。取り消しはない」と言う。佐藤栄作首相や金大中・韓国大統領など、後に不適格論議が生じた前例もあるが、「民族浄化」はノーベル平和賞の根幹に関わる大問題。賞の権威は影響され続けるだろう。

そんな批判はあっても、この平和賞という分野では自由主義陣営が完勝しつつある。世界では中国が膨張し強権政治が勢いづいている。だが、ノーベル平和賞は別格としても、サハロフ賞、インドのガンジー平和賞、フィリピンのマグサイサイ賞その他、権威ある国際平和賞で頑張っているのは今やほぼ民主陣営のものばかりだ。

かつての東側陣営のレーニン平和賞も世界平和評議会の賞も消滅し、中国がノーベル平和賞に対抗しようと10年に創設した孔子平和賞は、受賞拒否や授賞式欠席の繰り返し。「世界一の独裁者」と言われたジンバブエのムガベ大統領にも断られた。17年のアジア親中派総代、フン・セン・カンボジア首相への授賞以後、授賞発表はない。

因(ちな)みにサハロフ賞の受賞者は、昨年は中国で投獄されているウイグル民族学者で、今年はベラルーシ反政府派に決まった。

 平和賞はますます自由民主側の重要なカードになった。日本ももっと授受の両方で活躍してほしいが、ノーベル平和賞の受賞は、「憲法9条」を推す運動などが続いてはいても、日本人の受賞は当分難しそうだ。日本発の平和賞に一層頑張ってほしい。科学技術関係では日本国際賞があるが、「日本国際平和賞」という名称のものを創設できないだろうか。

(元嘉悦大学教授)

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