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ヌオン・チアと母 革命は家族と宗教に負けた

yamada

 1970年代のカンボジアで超過激共産主義革命を実践したポル・ポト政権のナンバー2、ヌオン・チア元共産党副書記が今月初め93歳で病死した。

 ポル・ポト革命は、国民150万人以上を直接、間接虐殺した暗黒革命だった。ヌオン・チア元副書記は、ナンバー1のポル・ポト元書記以上に革命推進の柱で、1万6000人が虐殺された中央監獄の総責任者でもあった。

 2009年に開始された同政権を裁く特別国際法廷で、すでに住民強制移住の罪で終身刑が確定、少数民族などの集団虐殺罪につき一審で終身刑判決を受けて控訴中だった。大虐殺全体に関わる審理はまだ残っていた。

 チア被告死亡で、残るはキュー・サムファン被告(88)だけ。彼は元国家元首だが実質は“番頭”役だったから、裁判はほぼ終わった。


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