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「和」の精神は先史時代から

 作家の竹田恒泰さんの新著『天皇の国史』(PHP研究所)が評判である。皇室を軸にした日本の通史だが、これまでの通史に書かれてこなかった日本の歴史の世界史的な価値を浮かび上がらせている。竹田さんに、執筆の狙いなどを聞いた。
(特別編集委員・藤橋 進)

豊かな自然、文化育む
心縁・血縁で結ばれた天皇と国民

 本のタイトルが『天皇の日本史』ではなく、『国史』とされている。そこには強い思いが込められている。

この人と1時間

 

 「かつての『国史』が戦後、『日本史』に変わったのですが、それは名前だけでなく、中身が違う。例えばアメリカの学校では『アメリカン・ヒストリー』ではなく『ナショナル・ヒストリー』つまり『国史』を学んでいる。『ナショナル・ヒストリー』というのは俺たちアメリカ人の歴史という愛情、情熱のこもった内容なのです。戦後の『日本史』は、国への愛情などを一切排し、いつ何があったかを淡々と記述するものになった。しかし、2000年以上も続く国で、しかもどの時代を繙(ひもと)いても、誇らしい話がたくさんあり、面白い話があるのに、感情を込めずに語れるわけがない。ですから執筆に当たっては史実に基づき科学的であると同時に、気持ちを込める、その両立を心掛けました」

 600頁(ページ)を超す労作の約180頁が「神代・先史」時代に充てられている。これも本書の特徴の一つ。

 「先史の部分は城郭でいえば基礎の部分、石垣に当たる。天守閣の華やかさはなく地味ですが、その上にいろんな建物が立つので重要です。先史時代については、日本列島は中国大陸から分離し、日本人も大陸からやって来て、文化もすべて大陸からやって来て、日本文明などというものはなく、中国文明の亜流だというふうに多くの日本人が誤解するようになっている。しかし実はそうではなく、日本人は最初から日本人であり、特に岩宿時代の磨製石器文化や後の縄文文化は日本から大陸へ伝えたことがあってもその逆はない。この日本発祥の文化について教科書は全く触れてこなかった。そういうこともあって、先史はちゃんと語らないといけないと思ったのです」

作家・竹田恒泰さん

 たけだ・つねやす 昭和50(1975)年、旧皇族・竹田家に生まれる。慶應義塾大学法学部卒。専門は憲法学・史学。著書に第15回山本七平賞を受賞した『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)、『天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか』(PHP新書)など多数。

 本書の特に先史や古代の記述は、考古学、歴史学、言語学、そして分子生物学など最新の研究成果を踏まえて書かれている。中でも進展著しい分子生物学のDNA解析によって、日本人のルーツ、周辺民族との関係などさまざまな事実が浮かび上がってきている。例えば父系継承されるY染色体DNAの研究は、日本人が周辺民族と比べて多様なタイプを持つことが明らかになった。

 「力のある者が他を攻め滅ぼして、奴隷にするということがない。皆受け入れ協力し合いながらきた。岩宿時代も混血が進んでおり、縄文時代も、古墳時代もそうです。和の精神と言いますが、先史以来、歴史のどこを取ってみても垣間見ることができる。その背景には、やはりこの日本列島の豊かさがあった。生態系の豊かな海があり森があり、そんな中で人々が殺し合う必要がなかった。食料調達が容易な分、時間のゆとりも生まれ文化が育まれたのです」

 天皇を中心に国家が統合されていく過程も世界史の常である武力による統合ではなく、婚姻政策が中心だったと竹田さんは強調する。

 「日本は大きな戦争を経ないで国が統合されました。神武天皇から八代の天皇の婚姻関係を見ていくと、日本列島のほぼ全域の豪族が娘を嫁がせている。婚姻によって力のある者を取り込んでいく。この婚姻政策による統合を象徴するのが前方後円墳です。天皇と同じ形の墓に地方の豪族も埋葬されることで、日本人が一つの家族であること、神武天皇の『八紘為宇』の精神を見える形で示すものと言えます」

 その天皇の統治の特徴は「知らす」にあるという。

天皇の国史

竹田恒泰著『天皇の国史』(PHP研究所)

 「天照大御神は天孫降臨する瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に国民の幸せを祈れとは命じず、『知りなさい』と命じられた。歴代天皇はひたすら国民のことを知ることに努めてきたのですが、知ると祈りたくなるのです。ですから天皇の祈りというのは、命令されて行うのではなく自発的なものなのです。こういった天皇と国民の心縁、血縁が2000年以上王朝が続いている理由です」

 日本の外交政策で重視するのは、朝貢(ちょうこう)外交を終わらせた雄略天皇と遣隋使を派遣し中国との対等外交を目指した聖徳太子である。

 「5世紀に倭の五王がしばらく中国の劉宋に朝貢しましたけれど、それを止めていることも重要です。その後、聖徳太子は隋の進んだ文化を取り入れることと国家独立を両立させることに腐心されたのですが、ちょうど隋が高句麗と戦争中だったことに目を付け、『朝貢すれども冊封(さくほう)を受けず』という独自の外交関係をつくり上げた。この手腕は見事だと思います」

 中世から現代の章でも、天皇と国民の絆が歴史の基軸となったことをさまざまな史実から本書は描いている。

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