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自決者は“戦争協力者”、「援護法」を意識した母

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 「援護法とのはざまで」の小見出しを付けた『母の遺言』を紹介しよう。

 <母との話は1950年代にさかのぼった。沖縄への「援護法」(正確には戦傷病者戦没者等遺族援護法)の適用を受け、座間味村では1953年から戦没者遺族の調査が着手されていたが、それから3年後の1956年村当局は、戦争で数多く亡くなった一般住民に対しても補償を行うよう、厚生省から来た調査団に要望書を提出したという。この援護法は、軍人軍属を対象に適用されるもので、一般住民には本来該当するものではなかった。それを村当局は、隊長の命令で「自決」が行われており、亡くなった人は“戦争協力者”として、遺族に年金を支払うべきであると主張した、というのである。(中略)


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