ワシントン・タイムズ・ジャパン

ソウルで隔離生活をやってみた


《ソウル隔離生活体験記(1)》

久しぶりに戻った韓国体験記
ホテル14日間缶詰スタート

【12月6日(到着日)】

 成田国際空港まで車で行く。朝6時に東京西郊外の家を出発したが、日曜日で道は空いている。7時半くらいには到着しそうだったので、空港近くの「酒々井パーキングエリア」で休憩し、8時ちょっと過ぎに予約してあった駐車場(P5)に車を止めた。

 久しぶりの成田空港だったが、どこもガラガラだ。PCR検査は日本医科大学が出している臨時ブースで唾液を採取して検査する方法で行った。細いビーカーのような容器に一番下の目盛りのところまで唾液を入れるのだが、これが意外に手こずり、3分以上かかった。約3時間後に結果が出て無事「陰性」。これで踵を返す羽目にはならずに済んだ。

 大韓航空の搭乗手続きにはもう列ができていた。本当に韓国人はせっかちで気が早い。ビザ(取材ビザ)確認の後、次に日本から韓国に行く時は再入国許可が要ると知らされる。面倒なことがまた一つ増えた。

 三菱UFJの窓口で「14日隔離」時に発生する経費分だけをウォンに両替したが、レートが去年より悪い。残りはもう少しレートがいい韓国国内の銀行でやることにした。

 手荷物検査と税関を抜け、土産用に日本酒と和菓子を買ったが、大半の店は閉まっていた。こんな空港は見たことがない。

 飛行機に搭乗する際は座席順で「ゾーン1~5」までグループ分けてして順番に案内することで時間差を作っていた。これもソーシャル・ディスタンス。搭乗客は全座席の4分の1程度で、密回避が徹底されている。もちろんマスク着用だ。CAは大韓航空のイメージカラーであるライトブルーの薄い防疫服のようなものを制服の上から纏い、顔はフェイスガードやゴーグルで覆っていた。

 フライトは14時55分。機内食は軽いサンドイッチとパイナップルにキウイのヨーグルト。中途半端な時間だったが、夕食にいつありつけるか分からないから無理して口に押し込んだ。

 仁川国際空港には5時半くらいについた。到着口ではまず「自宅待機者の安全保護」のアプリをダウンロードするよう言われ、いくつかの個人情報を入力し終えると、検温と健康状態申告書の提出があり、その後、出国手続き。この段階で「14日間隔離」を申し出ると、「あなたはD5(取材ビザ)所持なので、自宅待機で大丈夫」と言われた。

 しかし、事情があって自宅なるものがないため、国が準備する施設に行くと告げると、国の施設は短期ビザの人のみが対象だということだったので、自治体が借り入れている施設へ行くことになった。

この狭い部屋で14日間を過ごす

この狭い部屋で14日間を過ごす

 案内されたのは東大門の近くにあるソウル市中区の「HOTEL SKYPARK」。小奇麗なビジネスホテル風だ。いくつか書類を作成し、部屋に案内される。9階の915号室。窓の外はすぐ左側がビルに阻まれて見えないが、正面はほぼ開けている。明洞にあるビル群の夜景が見える。

 部屋での生活について細々とルールを聞かされた。特に毎回の弁当は食べ残しをできるだけ少なくし、食べカスや水分はトイレに捨て、容器は簡単に水で洗って保管するようにとのこと。確かにこうすれば衛生的に安心するし、何より匂いも残らない。

窓から見える明洞方面の街の灯り

窓から見える明洞方面の街の灯り

 部屋に入って渡された夕食の弁当を食べ、荷物を解いて日本の自宅にLINEで映像電話をした。「部屋結構キレイじゃん」と末っ子の息子。「こんな狭い所に14日も閉じ込められるんだゾ」と、いつも通りの会話をした。

 3度の食事はドア前まで運んでくれる。ゴミは4日に1回、指定の容器に入れてドアの前に置いておく。それ以外の方法で部屋の外に出すことは禁じられた。小腹が空いてチキンやピザが食べたければ、ネットで決済まで済ませた形でホテルに出前してもらい、スタッフがこれを部屋の前まで届けてくれる。とにかく外国から来た人は「ウイルス予備軍」扱いだ。一歩も部屋の外に出させないし、誰も入らせないというK防疫の意気込み(?)だけは伝わってくる。これから監禁生活14日間の始まりだ。

(ソウル・上田勇実)

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