ワシントン・タイムズ・ジャパン

“特効薬”なき関係 外交に妥協は付き物

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日韓国交正常化50年 「嫌韓」「反日」を越えて(2)

 ソウルや釜山での在職を中心に韓国相手の外交官生活が40年に及ぶ日本人がいる。町田貢氏。外務省の韓国・北朝鮮担当の草分け的存在で、日韓国交正常化、金大中氏拉致事件、朴正熙大統領暗殺など数々の生々しい日韓外交、韓国政治の現場に居合わせてきた。1950年代、戦後の日韓外交草創期の雰囲気について町田氏はこう振り返る。

 「当時、日本側には『釜山赤旗論』というものがあった。朝鮮戦争で南東部の釜山を残し北朝鮮に全て占領された時、釜山にまで赤旗が立った(共産主義化された)ら日本にとって大変だという脅威論だ。どんなことをしてもそれだけは避けなければならない、だから韓国を早く支援し、そのために日韓国交正常化交渉をまとめて38度線(南北軍事境界線)を安定させねばならないという考えだ」


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