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民主主義を歪める新聞とワイドショー

 元は同じ生物種でも異なった環境で何世代かを過ごすと異なる種になってしまう。例えばホッキョクグマとグリズリーは数十万年前に分かれたとされており、裏を返せば、それ以前は同じ種だったのだ。それが、一方が氷上で生活し他方が森林で生活することで、あれほど見た目に差異が生じてしまった。

 私たち日本人も、種とまでは言わないがIT化という急激な環境変化により、二つの民族に分離し始めたのではないかと感じている。大袈裟かもしれないが、加計学園を巡る国会審議と、その後の世論の行方を見て、そう思わざるを得なかった。

 ご存知のように国会が閉会中であるにも関わらず、共産党や民進党の要求により、何の緊急性もない加計学園問題が国会で審議された。その様子、とりわけ青山繁晴参議院議員の質問を見ていた私は、愚かにも、これにより風向きが変わると錯覚した。

 青山議員は、普段の舌鋒鋭い突っ込みを封印し、同じ質問を前川喜平前事務次官と加戸守行前愛媛県知事(文科省OB)に投げかけ、その違いを際立たせた。その公平な質問スタイルは、危機的状況にある自民党員として、それだけでも称賛に値するが、白眉は加戸前知事から「強烈な岩盤に穴が開けられ、ゆがめられた行政が正された」という証言を引き出したことだ。この証言は、言うまでもなく前川前次官の官邸サイドにより「行政がゆがめられた」という主張を意識してのことであろう。

 前川氏も加戸氏もともに文科省OBであり、どちらの主張を信用するかは人ぞれぞれだと思う。しかし、少なくとも加戸証言を聴けば、これまでのメディアの報じ方が如何に一方的であったかは誰しもが感得できるはずだ。

証言をする加戸氏(写真は、NETGEEKより)

証言をする加戸氏(写真は、NETGEEKより)

 ところが、肝心な加戸証言を朝日新聞、毎日新聞といった大新聞は無視した。テレビニュースやワイドショーも多くがそれに習い報道を控えた。これにより、加計学園問題は、相変わらず安倍政権の汚点のように扱われたままである。

 前川発言と加戸証言は犯罪性の有無を議論するものではない。犯罪性がない事を前提に、加計学園の認可申請を受理したことを、一方は「悪政」と言い、他方は「善政」と正反対の評価をしているだけである。獣医師会や文科省の権益から見れば悪政でも、地元の立場からすれば善政だった。両者の主張によりそれが明らかになった。だとすれば、もはや国会でこれ以上の審議は無用だし、政権の失点になる筋合いのものではない。だが、加戸証言を無視し、元官僚の「行政がゆがめられた」という部分を過大評価し、「お友達」疑惑を付け加えれば、「何か怪しい」という疑念は消えない。

 私たち日本人は、国民の代表である国会議員による質疑という同じ事実を前にしている。IT化の進展により、質疑応答の様をいつでもどこでも自由に視ることもできる。しかし、自分の目で事実を見ようとせず、IT化以前の主観的な情報ソース、新聞やワイドショーだけで物事を判断しようとする人たちは一向に変わろうとしない。

 IT化という激変する環境に適応する日本人とそれを拒む日本人。私たち日本人は二つの民族に分断されようとしているのだろうか、それとも時の経過により何れかが淘汰されるのか。日本が将来も民主主義国家であり続けられるか否かは、新聞やワイドショーだけを信じる人が淘汰されるか否かにかかっている気がしてならない。

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