«
»

保守派の誤認が生んだ安倍政治

 2012年の年末に、日本のほとんどの保守派が待ち望んだ第2次安倍政権が発足。その後の選挙は連戦連勝し、第3次安倍政権へ繋がった。安倍総理は、憲法改正をライフワークとし、「戦後レジームからの脱却」を訴えた。日本の平和を守り抜くとし、抑止力の強化を訴えた。NSC(日本版の国家安全保障会議)を発足させ、安全保障法制を実現。日本は、限定的ながら集団的自衛権を行使できるようになった。

 しかし、安倍総理は抑止力を強化しているようでいて、反対に抑止力を低下させることもしている。その代表例が、日韓合意である。2014年8月上旬に、朝日新聞が「吉田証言」は虚構だったことを謝罪した。そして、その後の産経新聞の従軍慰安婦問題に関するスクープの連発と、検証作業により、従軍慰安婦の官憲による強制連行が全くの事実無根であり、河野談話も欺瞞に満ちた代物だったことが、白日のもとに晒された。にもかかわらず、安倍政権は日韓合意という妥協に踏み込んだ。正式な合意文書もないままに、事実上の謝罪とも受け取れる合意をし、世界中のメディアが、「日本が従軍慰安婦問題を謝罪した」「慰安婦は性奴隷だった」と一斉に報じた。アメリカやオーストラリアでは、慰安婦像がばら撒かれ、現地の日本人や日系人の名誉が傷つけられた。世界各国は、「日本は性奴隷国家だ」と誤認した状態になってしまっている。

 では、なぜ日韓合意が抑止力の低下を招くのかを説明していきたい。そもそも抑止力とは何か。その定義を知る必要がある。まず、抑止とは大辞林によれば、「抑えとどめること。また、ある行動を思いとどまらせること」とある。すなわち、抑止力とは、国家にとって有害なことを外国にさせない力なのである。当然、国際政治学上の学説による論争はあるだろうが、一般化するならば、この定義づけが適切であろう。つまり、軍事力の強化とは限定されていないし、武力行使をさせないことだけでもないのである。このような概念を、総合安全保障と呼ぶ。総合安全保障に関する詳しい解説は、防衛大学校安全保障研究会が編集した「安全保障学入門新訂第4版」を参考にしてほしい。

 「抑止力の強化」というならば、安全保障法制を制定するなどの軍事法制の強化や自衛隊の軍事力の強化による戦争の抑止だけではなく、「日本の名誉と歴史を貶めさせない」「日本に良いイメージを持ってもらう」というソフトパワー面の強化も必要だ。総合安全保障の概念で考えれば、日韓合意は明らかにソフトパワーの低下であり、抑止力の低下である。

 なにかと保守派は、「抑止力を強化せよ」と叫んできた。しかし、「抑止力=戦争の抑止」「抑止力=軍事力の強化」と誤認してはいなかったか。確かに、それは含まれるが、「≒」であって「=」ではないのである。例えるならば、日本国憲法や大日本帝国憲法だけが憲法ではないということだ。あくまでも憲法典であり、日本の法慣習など不文律も含むのが憲法であるように。

 安倍総理に問いたい。あなたは、「本当の意味での抑止力」を強化したいのか。もし、そうであるならば、安全保障政策の強化だけでなくソフトパワーの強化、つまり我が国の名誉回復、イメージアップにも努めてもらいたい。そして、保守派に問いたい。近視眼的な言論の結果として、このような事態を生んだのだと。

 全体を俯瞰する概念を持ち、科学的見地(文理融合の視点)に基づいた言論活動を行うことができるかどうか。有識者であるならば、客観的な視点を大切にし、物事を定量化してこその言論ではないのだろうか。有識者が、有識者としての哲学を忘れた結果が、今の矛盾を孕んだ安倍政治を生み出している。

8

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。