ワシントン・タイムズ・ジャパン

立憲民主党のテレビCMをみてびっくり仰天!

 皆さん、立憲民主党いや立憲共産党のテレビコマーシャルをご覧になりましたか?

 今朝、初めて見てびっくり仰天しました。日本の根幹を揺るがす「選択的夫婦別姓と同性婚」を打ち出してきているのです。

 もう賞味期限切れで相当焦っている?

 それとも私や私の仲間たちが少数派?

 古い制度や使い勝手の悪くなった法律は時代の流れとともに変える必要があります。

 夫婦同姓の現行制度にどれだけ多くの国民が不自由を感じているのでしょうか?どれだけ多くの国民が今すぐしなければならないと喫緊の必要性を感じているのでしょうか?このことについては最後に書きます。

 まずは同性婚を認めろ?

 それならば憲法を改正しなければなりません。

 なぜなら日本国憲法第二十四条第一項では「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と明記されており、憲法を変えないと法律は変えることはできません。

 あれ?立憲共産党は護憲政党ではなかったでしょうか。というよりもその議論も逃げてばかりです。

 もっと考えれば、日本国民の生命・財産を守るためにすぐに必要なのは、憲法を改正または新しく作り直して自衛隊を国軍として認め、外国からの脅威に対抗できるようにすることであると思うのです。

 なんか順番が逆だねと思うのは私だけでしょうか。

 憲法を変えずに同性婚を認めるって憲法無視も甚だしいですね。

 やっぱり安定の矛盾政党です。それを如実に表しているのが共産党の閣外協力ですが、これは立憲民主党が民主主義を標榜するにもかかわらず、民主主義の対極にある共産主義政党と組むこと自体がおかしいのです。

 立憲民主党はよっぽど人材がいないらしく枝野代表がこれだけ不人気であるにも関わらず代表交代の声が上がらないのはどうしてでしょうね。自民党は国民の関心を一手に集めて総裁選を行い、その結果に国民が一喜一憂していました。

 また共産党は志位委員長が21年にもわたってトップの座に君臨しています。

 共産党は安倍政権の時に長期政権は腐ると言っていなかったでしょうか。

 これほど矛盾を秘めた立憲共産党の候補者に票を入れるのは、ネットでの拾い物ですが、「自民党を批判するために立憲民主党に票を入れるのは、クーラーがついていないという理由で、ブレーキがついていない車に買い替えるようなものだ」という文言が言い得て妙です。

 車にクーラーがついていなければ、夏は到底乗れません。不快極まりないと思います。私の友人で戦後すぐの軍用トラックを真夏に運転していて気を失いそうになったと言っていましたが、ちゃんとエンジンもブレーキも点検して安全に走行できます。

 しかり、ブレーキのついていない車は車の基本性能として欠陥です。動き出したら安全に止まらねばなりません。でも、動き出すまではその危険性に気づかない間抜けが日本人に大勢いるとは思いたくありませんね。

 立憲共産党の怖さは、多様性を謳いながら彼らが最もその多様性のない政党であることです。立憲民主党もそうです。日本共産党もそうです。それが掛け合わされたら、最強の独裁政党が出来上がるのです。

 ピコ太郎が、右手に「I have a 立憲民主党」 左手に「I have a 日本共産党」 掛け合わせて「うっ!立憲共産党」とパロったら受けると思いませんか。

 選択的夫婦別姓を認めろという意見がある中で、お笑いタレントの田村淳が、「別に隣の夫婦が別姓であろうが何か他人に迷惑をかけていますか?」と肯定的な発言を無責任にもしています。

 これは女子高生や女子中学生が「自分の体でお金を稼いでも他人に迷惑をかけていないのでなんで反対するの?」と言っているのと同じレベルの議論です。

 きっと田村淳は愛娘からこういわれてもきっと何も言えないでしょうね。

 売春は犯罪行為です。それ以上に体を罪悪感なしに売ることは精神的にも肉体的にも大きな危険性があります。それを違うよと導くのが大人の役目です。なぜなら彼女らは今の一点しか見ておらず、過去・現在・未来へと続いていることの認識が足りないのです。

 そして将来的にそれが理解できた時に取り返しのつかない過ちだったと反省するのですが、時すでに遅しの状態になりかねません。

 性病や肝炎などの肉体的危機と自暴自棄になるほどの精神的苦痛は経験した人でなければ分からないと言います。私も実感としてはありませんが、この年まで生きていると容易にそれがどんな状態かが想像できるのです。

 「選択的」というまやかしの言葉がついているので、物事を深く考えない人が「自分はしないけど他人がしてもいいのでは」というのは本当に将来的に大きな禍根を残すのです。

 なぜなら戸籍制度を無くそうとしているのがこの夫婦別姓を強力に推進している勢力の戦略目標だからです。

 他国がどうであろうと、日本は日本です。

 夫婦同姓は明治から作られた新しい制度だという歴史を知らない人がいますが、庶民は名字を持ちませんでした。しかし、○○ドンの嫁ごだと言われ、その家に入って嫁、女偏に家と書く、になりました。名字は無くても、旦那さんの妻という身分になるのです。

 江戸時代にキリシタンへの禁教令とも相まって、お寺の檀家として住民台帳が整備されました。仏教のお寺の檀家帳に載っていることがキリシタンではないことの証明になったのです。

 町では大家さんの店子として江戸町奉行に届けられるなどしてどこに誰が住んでいるかという把握をしてきました。

 明治となり、地方分権国家から中央集権国家になった時、徴税や徴兵の関係での戸籍制度の整備がされました。ちょうどNHKの蒼天を衝けで出てくる渋沢栄一たちのやっている時代です。

 その時、諸外国では正確な戸籍制度はありませんでした。戸籍に乗るということは徴税・徴兵の対象となりますが、その恩恵は少なかったからです。でも、日本では日本国民の子供たちには基礎教育が受けられました。そこから貧しくても優秀な子供はその村の篤志家が支援して高等教育を受けさせました。

 また先日書いた通り、軍隊で一流の教育を給料をもらいながら受けることができたのです。

 朝鮮半島や台湾の日本に併合された地域も同じような教育が施され、日本国民になることの恩典がたくさんあったのです。だから立派な戸籍制度が出来上がったのです。

 そして生真面目でご皇室を中心にまとまった日本人がきちんと戸籍制度を完備していくのです。このような制度は他の国には類を見ません。

 その誇るべき戸籍制度を壊すことを公約にあげている立憲共産党は、ミサイルや国土を脅かされている安全保障問題を議論しようともせずにいったい何を考えているのでしょうか。

 夫婦別姓を推進する人たちは、自分たちがしたければ事実婚として暮らせばいいだけのこと。結婚という法的制度を利用して、法的な権利も欲しいというのはちょっと無理があると思いませんか。

 自分がまず法を守らねば、法は自分を守ってくれません。義務と権利は表裏一体と思っていますが、なぜか立憲共産党支持の人たちは権利ばかりを主張します。

 権利は英語でrightsと言いますが、これを権利と訳したのが大間違いでした。

 英語では、You are right.といえば、「貴方には権利がある」とは訳しません。 「あなたが正しい」、または「あなたが言うことは道理である」というのが正しい訳だと畏敬する西村慎吾先生から教わりました。

 つまりrightsは日本語では「道理」と訳せばいいのです。

 Human rightsは人権と訳すのではなく、人の道、つまり道理と訳せばしっくりくるのです。

 自分は法律を守らないで、法律からは守ってほしい?

 それでは道理が通らないでしょう。

 そういう道理の通らないことを主張しているのが、立憲共産党です。

 そんな政党から出馬する候補者にあなたは大切な一票を入れるのですか?


「井上政典のブログ」より転載
https://ameblo.jp/rekishinavi/

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