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憲法について議論すべき点は9条以外にもたくさんある

 

憲法で禁止して戦争が無くなるというのなら、コロナを禁止する条項を加えれば良い

 今年もこの日がやって来ました。以前、『憲法記念日に「脱税の放棄」について考えてみた』という、我ながら馬鹿らしい議論で、「憲法で脱税を禁止すれば、脱税は発生しないはずだ」、と報告しました。今年も改めて、憲法議論を繰り返しておきたいと思います。くどいようですが、本当の憲法議論とは、全肯定も全否定もすべきではなく、「悪いところを変え、良いところを残す」という、非常にシンプルな発想の延長に存在するものです。


改めて読みたい、憲法第9条

 まずは、何も言わずにこの文章を読みましょう。

■日本国憲法 第9条


日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 例年のことですが、今年もこれをじっくり読んでみたいと思います。

ここがおかしい、憲法議論

●憲法記念日に考えたい、憲法の話
 本日は「憲法記念日」です。

 この点、日本国内で「日本国憲法」といえば、どうしても議論の中心が、憲法第9条に集中しているきらいがあります。要するに、「真っ先に憲法第9条を変えるべき」(改憲派)、「何がなんでも憲法第9条を死守すべき」(護憲派)、という考え方ですね。

 おそらく左派メディアは本日、「平和主義憲法は日本の誇りだ」、「二度と戦争を起こさないという誓いを未来に向けて語り継いでいかねばならない」、「最近、憲法を変えようとする動きが出ているのを憂慮する」といった判で押したような社説を掲載するのでしょう。

 コピペで仕事ができるというのも楽ですね。

 その一方で、一部の保守系のメディアの側も、おそらくは「憲法第9条は時代に合っていない」、「憲法議論を加速すべきだ」、などと主張するのだと思いますが、これは左派メディアの主張に対するカウンターである、という意味では、残念ながらやはり「コピペ」のようなものでもあります。

 これに加えて、今年に関してはおそらく、例の「国民投票法改正案」に言及されるはずです。

 左派メディアは「いま、コロナの時期にやることではない」などと批判するかもしれませんし、逆に保守系メディアは「遅きに失したほどだ」などと主張するかもしれません。

●「日本は平和だった」、本当?

 さて、大手メディアでコピペが許されているというわけですから、当ウェブサイトもまずは例年の主張をコピペしておきましょう。

 よく、「日本国憲法第9条が存在したから、第二次世界大戦が終了した1945年8月15日以降、日本はただの1度も戦争に巻き込まれなかった」という主張を聞くことがあります。この議論を延長すれば、「憲法第9条を変えたら日本は戦争に巻き込まれる」、という主張につながります。

 一方で、「戦争に巻き込まれそうだから憲法第9条を変えるべきだ」、といった主張もあります。「憲法第9条の下では日本を守ることはできない」、という議論ですね。

 このうち、前者について考えてみましょう。ここで検討するのは、次の「事象A」と「事象B」です。

・【事象A】日本国憲法第9条が存在していた
・【事象B】日本は第二次大戦後、戦争に巻き込まれなかった

 つまり、【事象A】→【事象B】、という「因果関係」があった、というのが「護憲派」の皆さんの主張なのですが、この事象A、事象Bがいずれも事実だったとして、【事象A】→【事象B】という「因果関係」が成り立つものなのでしょうか。

 結論的にいえば、事象Aと事象Bには因果関係は証明できません。

 「憲法第9条が存在していたから、日本が戦争に巻き込まれなかった」のかもしれませんし、「憲法第9条が存在していた」ことと「日本が戦争に巻き込まれなかった」ことは、偶然に過ぎないのかもしれません。

 本来ならば、それを証明する義務は、「護憲論者」の側にあるのです。

●事象Bはそもそも事実認定が間違っている

 さらにはもうひとつ、看過できない問題点があります。

 そもそも論ですが、「事象B」、すなわち「日本は第二次世界大戦後、戦争に巻き込まれていない」とする事実認定自体、きわめて怪しいと言わざるを得ません。実例をいくつか挙げておきましょう。

 まず、日本が旧ソ連に「火事場泥棒」的に千島列島と樺太を奪われたのは、1945年8月15日以降です。

 『独立行政法人北方領土問題対策協会』が設けている『ソ連の占拠』というページを確認しておきましょう。同ページによると、ソ連が日ソ中立条約を破り、南樺太への軍事侵攻を開始したのは8月9日のことです。

 また、ソ連が千島列島北端の占守島に上陸したのは8月18日、停戦は8月23日だったそうで(※制圧するのに5日もかかっている、ということでしょうか)、得撫島の占領は8月31日、択捉島や国後島、色丹島や歯舞群島の占領が終了したのは9月5日頃だそうです。

 ちなみに、日本が「降伏文書」に署名したのは9月2日のことですので、法的に戦争が終了しているにも関わらず、戦闘が継続していた可能性がある、というわけですね。

 もっとも、このソ連による南樺太・千島列島の占領については、個人的には明らかに「火事場泥棒」だと思うのですが、それでも論者によっては「第二次世界大戦に付随する戦闘だった」、「ソ連による占領は合法的だった」などと見る人もいるのかもしれません。
 しかし、明らかに第二次世界大戦が完全に終結したあとにも、外国勢力によるわが国の領土に対する不法占拠が発生しています。

 具体的には、サンフランシスコ講和条約が発効する直前の1952年1月、韓国が国際法に反して一方的に設定した「李承晩(り・しょうばん)ライン」に基づき、島根県竹島に上陸し、それ以降、不法占拠しているという事案です。

 まさに、「日本の領土が外国から侵略され、日本国民に危害が加えられた事案」ですが、このあたりは、外務省ウェブサイトの『竹島の領有権に関する我が国の立場と韓国による不法占拠の概要』に詳しいのですが、是非ともご一読を願いたいところです。

 さらには、日本政府が開設する『北朝鮮による日本人拉致問題』というウェブサイトの『北朝鮮による日本人拉致問題』というページを読んでいただければわかりますが、1970年代から80年代にかけ、多くの日本人が北朝鮮の手によって北朝鮮に拉致されていたということが発覚しました。

 したがって、そもそも「第二次世界大戦後に日本が戦争に巻き込まれていない」とする主張自体、事実認定からしてかなり怪しいところでもあるのです。

●因果関係なのか、それとも偶然の一致なのか

 例年の繰り返しですが、この「事象A」と「事象B」は、「因果関係」、すなわち「【事象A】という状態があったから【事象B】という状態が実現した」といえるのか、それとも単なる偶然の一致、すなわち「【事象A】と【事象B】は無関係である」といえるのかについては、きちんと見極めることが必要です。

 たとえば、上記で見たとおり、【事象B】自体、事実としては極めて怪しいものですが、それでも仮にこれを「事実だった」と認定したとしても、【事象B】(=第二次大戦後に日本が戦争に巻き込まれなかったこと)の理由は、【事象A】(憲法第9条の存在)とは限りません。

 それ以外の要因、たとえば「日米安保条約」だったのかもしれませんし、単純に日本の周辺国が「ヘタレ」で、日本に攻め込むだけの勇気を持っていなかった、という可能性だってあるでしょう。このあたり、ちゃんと議論せずに、安易に「憲法第9条=平和」と決めつける姿勢には違和感しかありません。

 また、個人的には長年の疑問なのですが、「護憲派」と呼ばれる人たちから納得の行く説明を聞いたことはありません。残念ながら、護憲派の人たちは、「憲法第9条は必要だから必要なの!」と叫ぶばかりなのです。

 (※余談ですが、こうした「護憲派」の「憲法第9条は必要だから必要なの!」は、財務省の「財政再建は必要だから必要なの!」、NHKの「受信料制度は必要だから必要なの!」、セクシー大臣の「レジ袋有料化は必要だから必要なの!」とソックリです。)

 もっとも、本当に「憲法第9条が存在しているがために日本が平和になっているのだ」と考えるのであれば、たとえば、憲法に「ウィルス蔓延の禁止」、「脱税の禁止」、「犯罪の禁止」、「自然災害の禁止」などの条文を付け加えれば良いのではないでしょうか。

 護憲派の皆さまの主張が正しければ、きっと、日本からは犯罪もコロナも脱税も自然災害もなくなるに違いありません(※当たり前ですが、皮肉です)。

悪い所を変え、良い所を残す

●脆弱な統治機構

 いずれにせよ、憲法第9条というものは、日本国憲法のひずみが一番出ている箇所でもあるため、どうしても焦点がここに当たってしまうのは仕方がないという面があるのは事実でしょう。

 ただ、憲法議論といえば、護憲派、改憲派ともに、この第9条に焦点を当てる嫌いがあるのですが、これは議論として正しい態度といえるのでしょうか。

 むしろ最近、著者自身は、憲法第9条については単なる象徴的な条項として残しておいても良いのではないか、と思うようになりました。実際、青山繁晴参議院議員あたりが以前から主張しているとおり、憲法第9条に第3項を設け、次の一文を書き加えるだけでも良いかもしれません。

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「前2項の規定は、自衛権の発動を妨げない。」

 あるいは、一部の論客は最近、「自衛権の発動を妨げる憲法自体が憲法違反だ」などと主張しているようであり、このような考え方に従えば、憲法第9条自体が憲法違反であり無効なのだそうです(すなわち、「憲法」と「憲法典」の違い、という議論です)。

 ただ、こうした憲法第9条議論よりも、本稿でもっと取り上げておきたいのが、「日本国憲法の中では他にもおかしな規定がたくさんある」、という問題です。

 その典型例が、憲法第7条です。

日本国憲法第7条

天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。

…。

 意外と知られていませんが、天皇陛下の「国事行為」が、ちょっと多すぎます。

 とくに、第1号(憲法改正、法律、政令、条約の公布)には、さりげなく「政令」というものが入っています。

 憲法改正に関しては国会と国民が、法律、条約に関しては国会が決めるので、それを天皇陛下が公布するというのはまだ理解できます。

 しかし、「政令」に関しては、閣議で決定されるものに過ぎず、また、行政では例年、大量の政令改正が発生します。それらのすべてを天皇陛下に上奏するのは、明らかに行き過ぎです。政令は内閣総理大臣が公布すれば済むのではないでしょうか。

●フランス共和国憲法では議会は当然に成立する

 さらに大きな問題があるのが、たとえば国会などに関する規定です。

日本国憲法の規定によれば、国会は「召集」されなければ開かれません。

■日本国憲法 第53条


国会の常会は、毎年一回これを召集する。

■日本国憲法 第54条第1項


議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。

 すなわち、国会は天皇が召集しなければ開けず、せっかく法律や政令が成立しても、天皇が公布しなければ有効になりませんので、国会、政府、皇居の連絡を物理的に遮断すれば、日本国憲法上、日本という国は機能しなくなります。

 このあたり、フランス共和国憲法第28条の場合は、少なくとも常会に関しては、「10月の最初の就業日から始まり、6月の最終の就業日に終わる」と定められていて、わざわざ「召集」する、という規定はありません。

■Article 28 de la Constitution de la Rpublique franaise


Le Parlement se r?unit de plein droit en une session ordinaire qui commence le premier jour ouvrable d’octobre et prend fin le dernier jour ouvrable de juin.(後略)

臨時会に関しては、首相(le premier ministre)による召集手続の定めはありますが、常会に関しては特別の手続なしに開催されるのです。

 理想論をいえば、「天皇による国会召集」「天皇による法律の公布」という規定についても削除すべきであり、「国会は選挙日から2週間後に当然に開かれる」「法律案は国会で可決されれば自動的に公布される」という形にする方が、国家としてははるかに安定するのではないでしょうか。

●予算単年度主義の廃止、複式簿記の義務付けを!

 ついでに、公認会計士という視点から、これも毎年の話ですが、決定的に重要な話をしておきます。

 日本国憲法において、もう1つ、時代にそぐわないのが、予算単年度主義です。

 じつは、予算に関する規定は日本国憲法内にいくつか設けられているのですが(たとえば第60条や第86条~第88条)、決算に関する規定は、第90条にしかありません。

■日本国憲法第60条


予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。
2 予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

■日本国憲法第86条


内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

■日本国憲法第90条第1項
国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。

 「予算」とは、いわば、現金主義に基づく現金の出入りを国会で審議するという趣旨のものですが、外為特会などのように、一般会計とは別にさまざまな特別会計が存在しています。こうした実情を踏まえるなら、国会は予算もさることながら、むしろ決算を厳しく査定すべきです。

 この点、企業の場合は会社法の規定に基づき、(予算ではなく)決算に重きが置かれています。

 具体的には連結財務諸表(とくに連結貸借対照表と連結損益計算書)を作成し、それについて株主総会に報告する、という流れですが、会社法上の大会社や金融商品取引法上の上場会社などの場合は、会計監査人による会計監査が義務付けられています。

 なぜ、国にはこれが義務付けられていないのでしょうか。

 少なくとも、複式簿記と発生主義に基づく公会計を日本政府に義務付け、(必ず)「連結ベースで」貸借対照表と行政コスト計算書を作成させ、それに会計監査を義務付けたうえで、国会で承認するというプロセスが必要でしょう。

●日本国憲法の全否定は違う

 一方で、個人的に抱いている疑問点は、「護憲派」に対するものだけではありません。

 世の中には「GHQに押し付けられた日本国憲法については無効を宣言し、大日本帝国憲法を復活させるべき」といった極論を唱える人もいるのですが、これについては正直、非現実的すぎる議論です。

 そもそも論として、大日本帝国憲法が「無謬の憲法」だったと信じているのだとすれば、その認識はお粗末です。そもそも大日本帝国憲法には「内閣」という言葉が存在しませんでしたし、また、いったん開始した戦争を終わらせるための規定についても不十分でした。

 ちなみに大日本帝国憲法は「不磨の大典」とされ、改憲手続は敗戦後、大日本帝国憲法を日本国憲法に作り替えたときのただ1回きりです。

 その一方で、日本国憲法には、三権分立、自由主義、民主主義、法治主義など、近代国家として当然に守るべき、非常に優れた点もあります。

 とくに、憲法第21条に定める集会、結社、言論、出版の自由の規定は、従来はマスコミ各社を守る規定と勘違いされているフシがありますが、むしろ、「マスメディアのインチキ報道を、インターネットを通じて論破する」ための拠り所でもあります。

日本国憲法第21条


集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 当ウェブサイトが存在できる理由も、結局は日本国憲法第21条にあります。

 要するに、日本国憲法も「何がなんでも変えてはならないもの」ではないのと同時に、「全否定すべきもの」でもないのです。悪い所を変え、良い所を残す、というだけのことではないでしょうか。

日本は自由民主主義国家である

 さて、改めてお伝えしておきたいのが、「日本は自由民主主義国家である」という事実です。

「日本は、自由・民主主義国家である」。

 こう書くと、「何を当たり前のことを」、と感じる方も多いでしょう。

 ただ、これは大切な話なので、何回繰り返しても「強調しすぎ」ということはありません。

 自由主義社会では、「儲かっている」「社会的な影響力が大きい」という会社や個人、組織などは、基本的に自由経済競争に実力で勝ち残ることが必要です。また、民主主義社会では、権力を握る者は、基本的に国民から民主的な選挙で信任される必要があります。

 逆にいえば、次の2点が言えます。

・自由経済競争に実力で勝ち残ったわけでもないのに、不当に高収益を得ている企業、不当に大きな社会的影響力を得ている企業は、日本社会からは排除されるべきである。
・国民からの民主的な選挙で選ばれたわけでもないのに、不当に大きな政治権力を握っている個人や組織は、日本社会からは排除されるべきである。

 それぞれの具体例については、普段から何度となく申し上げているとおりですので、本稿では敢えて繰り返しません。
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■【参考】『「国債増発で消費税ゼロ」は経済理論に合致した政策だ』

■【参考】『「NHKが無くなっても問題ない」回答が6割、本当?』

■【参考】『「コロナ対策だけでも我々野党に任せて」=小西洋之氏』

 いずれにせよ、せっかくの憲法記念日、「今後の日本をより良い方向に変えること」について考えるきっかけにしたいものです。


「新宿会計士の政治経済評論」より転載
https://shinjukuacc.com/20210503-01/

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