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予断を許さない夫婦別姓婚を認める動き

 8日に行われた自民党の内閣第一部会と女性活躍推進特別委員会の合同会議で、男女共同参画基本計画案をめぐる協議で、選択制夫婦別姓婚の記述について反対派が再修正を要求し、了承は見送られました。

 これは今やらなければならない問題なのでしょうか?

 日本の歴史を浅くしか知らない議員が「夫婦同姓になったのは明治になってからだ」とよく言っていますが、江戸時代は9割の日本人が姓を持っていませんでした。

 武士と貴族しか姓を持っておらず、大多数の一般庶民は、○○の吾介どんとか、茂作どんと住んでいる地名とか、大きな杉の木などの場所の特徴とか、商家なら○○屋の清兵衛さんとかいう屋号などで呼ばれていました。

 「嫁入り」という言葉があるように、夫の家に奥さんが嫁いでいき、一緒の家で生活を共にするのです。するとその奥さんは吾介どんのかかとか、茂作どんのよめと言われるようになります。

 つまり、夫婦になることは夫は妻の生活の糧を稼ぎ、妻は家のことをするとか、一緒に畑で共に精を出して家を支えてきました。

 もちろん比較的力の強い男性が野良仕事でも力仕事を中心に、妻はご飯の支度など比較優位の原則に基づいて、分業していったのです。

 軍隊も作戦部隊と後方支援部隊がかみ合っていないと高いパフォーマンスは得られません。

 子供ができると小さいうちはかごの中で、大きくなると下の子供の面倒を見る姿が農村では戦後昭和30年代ころまで田舎ではよく見られていました。「竹田の子守歌」などの世界観です。

 江戸時代は農民の人口比が高く、これが普通でした。また江戸などの大都市で発達した商工業者も夫の稼ぎで一家が暮らすという様子が江戸落語や上方落語を聞くと端々に出てきます。

 つまり、夫婦はともに助け合って生計を共に建てていたのが一般庶民です。

 そういう中、明治になり近代法が導入されていくと、一般庶民にも姓を名乗ることが許され、それぞれが思いついた名前を付けていきます。

 そして役場に届けることにより役場の戸籍が出来上がっていくのです。

 その時に基本になったのがお寺の檀家帳です。

 この檀家制度も江戸時代に禁教令が出され、庶民はどこかお寺に属してキリシタンではないことを証明する必要から、檀家制度が発達したと言われます。

 そしてどこにも属していない人のことを「無宿人」そう、木枯し紋次郎の世界になってきます。

 もちろん今書いていることは、おおざっぱなことですから例外はたくさんあります。でも、皆さんが知っていることを繋ぎ合わせるとこういうものになるでしょう。

 でも、一家が同じ屋根の下にすむことが当たり前とされてきたのです。そして助け合って生きなければ生きていけませんでした。

 私はサラリーマン時代、単身赴任が嫌でした。家族が離れ離れになって暮らすことなど考えられなかったのです。

 夫婦と子供三人で9回転勤をしました。47歳で早期退職をして福岡に帰ってきましたが、三番目の娘が高校の卒業式の時に、ぽつりと「初めて入学した学校を卒業した」といわれドキッとしました。

 それでも長男の進学の関係で、北海道に転勤するときに、妻と長男が関東に残り、私と娘二人を連れて北海道に転勤し、1年間別々に暮らしました。いやーとても不幸でしたね。不便ですし。

 その次の転勤がありそうな時に、もう二度と家族が離れ離れなるのはいやだと会社を辞めて福岡に帰ってきたのです。もちろん別な理由もありますが。

 長男は東京の大学に進学したので、彼一人で暮らし始めました。

 話を元に戻します。

 二人の娘が嫁ぐときに、親の責任がこれで終わったと思いました。姓が変わり娘たちの新しい人生が始まるのだと思ったからです。

 そういうもんだと思っているので、なぜここでわざわざ祖国が他の国に合わせるようなことをしなければならないのかわかりません。

 家族は一つのチームのようなものであり、それぞれがそれぞれの役割を果たしてお互いを支え合うものだと思います。

 その時に、チーム名がバラバラ?考えられますか?

 成人まで一つのチームで生まれた時から一緒にいるからこそ、嫁いで姓が変わっても娘ですし、そこから生まれた孫たちは姓が違っても血が濃くてかわいいのです。

 5人の孫に、もうすぐ6人になりますが、そのうち3人は近くに住んでいるために、とてもなついてくれて可愛くてしようがありません。遠くオーストラリアにいる長男の孫たちも会うと短時間でなついてくれます。

 それが家族の見えない絆だと思うのです。

 私は標準的な家庭を持つ庶民の一人だと思います。

 だからなぜこの制度を今変える必要があるのかわかりません。

 最近の調査で7割が選択制夫婦別姓になってもいいというような結果が出ていますが、よくその内容を見ると、

 「夫婦が希望している場合には、別姓を名乗ることができるように法律を変えてもかまわない」というようなものであり、その制度になったから自分もそうするというものではありません。

 厳密にいうと;

 ① 「自分は夫婦別姓が選べるとよい。他の夫婦はどちらでもかまわない」が34.7%

 ② 「自分は夫婦同姓が良い。他の夫婦は同姓でも別姓でもかまわない」が35.7%

 そして③ 「絶対反対、同姓であるべきだ」が14.4%なのです。

 ②と③が自分はしないというくくりで括れば、50.4%が同姓婚支持なのです。

 それをレトリックで7割が「選択制だったらいいんじゃないの、俺はしないが・・・」というように世論を誘導しているのです。

 ですから、世論調査すると際にストレートに;

 「あなたは同性婚指示ですか?それとも別姓婚支持ですか?」とか

 「選択的夫婦別姓制度になった場合、貴方は夫婦同姓と夫婦別姓どちらを選びますか?」などと聞いてほしいと思います。

 山谷えりこ議員や高市早苗議員が言っているように現行制度の適用範囲の拡大で全く問題ないと思います。

 いまでも、夫婦どちらの姓でも選ぶ自由はちゃんとありますから。

 自民党議員の中にも大勢賛成派がいます。

 河野太郎、石破茂、橋本聖子、稲田朋美、船田元、逢沢一郎、井上貴博、塩崎恭久、鈴木貴子、二階俊博、川村健夫、馳浩、小渕優子、下村博文、荻生田光一、三原朝彦等々です(敬称略)

 ここに書いたのは、私が名前と顔が一致する人だけです。皆さんはそれぞれの選挙区できちんと確かめてください。

 野党などどうでもいいのです。安定多数の自民党さえきちんと制度改革などしなくていいと言えば済むことだからです。一人一人の自民党員をきちんとチェックして変えることを阻止しましょう。

 そんなことを変える議論をするよりも自民党の党是に書かれている憲法改正の議論を党内で活発化させるべきだと私は思います。


「井上政典のブログ」より転載
https://ameblo.jp/rekishinavi/

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