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「憲法変遷」論適用すべき自衛隊

日本大学名誉教授 小林 宏晨

政府・議会が合憲と解釈
最高裁も明確に「無防備」否定

小林 宏晨

日本大学名誉教授 小林 宏晨

 アメリカ大統領選挙が行われ、バイデン氏の勝利宣言が行われたが、トランプ氏の敗北宣言は11月30日時点でいまだ見られない。バイデン側では既に積極的に対外活動を開始している。どちらの側が政権を担うにしろ、これからの4年間も日本の最重要パートナーにとどまることは疑いない。従って、アメリカとの関係において中期的に日本が考慮すべき事項について検討したい。

文面変えず意味を変更

 日本国憲法の平和主義は、その前文と第9条の解釈に基づいており、現在では与野党を問わず、平和主義そのものに反対する政党は存在しない。しかも学理解釈の担い手たる憲法学者の圧倒的多数は、憲法解釈の帰結として日本の非武装中立を結論付け、さらにその中の多数が憲法政策的に「憲法変遷」にも「憲法改正」にも反対している。

 筆者の憲法解釈と憲法政策的結論はその双方と対立する。その第一の論拠は、国際法的に非武装と中立が相いれない関係にある事実。第二の論拠は、憲法の変遷が憲法学の中で原則的に「憲法改正」の前段階として重要な位置付けがなされている事実である。

 憲法は、具体的歴史的状況から生じ、この状況によって条件付けられ、かつ、この状況とともに変化し、規範の中に表明される一国の法的状態である。人間の性格と同様に憲法も二つの性格を持つ。それは持続的傾向と変化の傾向である。

 憲法理論において憲法の持続的傾向が強調される場合には、その改正が困難化される。他方において全ての憲法に内在する変化の傾向は、不断に表明されている。憲法の変化的性格と状況依存性は、憲法が実定法規範の総体である限り、本質的なものである。

 憲法の変遷によって、事情変更の要請が実現される。憲法の変遷とは、憲法の文面の変更なしに、実定憲法規範の意味を本質的に変更することである。つまり憲法改正と憲法変遷と憲法違反は明確に区別する必要がある。

 憲法変遷は、実現手段として憲法解釈を利用する。憲法解釈は、まず実現された憲法変遷を確認する。憲法解釈は、まず憲法変遷に道を開き、実行のための手段を与える。つまり憲法変遷は解釈の下で解釈を通して実現される。

 憲法解釈に際してとりわけ注目すべき点は、占領期間中に日本国憲法を裏付けとする平和主義の内容を決定的に方向付ける重要な立法が行われた事実である。

 占領期間中の1950年6月25日、北朝鮮の軍事攻撃に基づいて、朝鮮戦争が勃発した。これを契機として占領当局は、日本政府に警察予備隊の設立を勧告(命令)した。この警察予備令が基礎となって、日本の独立直後の52年、保安隊法が、そして54年に自衛隊法が制定された。つまり占領中に開始された「再軍備」の方向付けが、独立後も踏襲されたのだ。まさに前記の規範制定行為の中に「憲法変遷」の事実が認められる。

 しかも最高裁は、現在に至るまでこのような方向、とりわけ自衛隊の存在を違憲と看做(みな)さないどころか、日本国家の「無防備」「無抵抗」を明確に否定している。執行機関たる政府と立法機関たる議会の多数による有権解釈が自衛隊を合憲と解釈して現在に至る。従って最高裁が自衛隊の存在を違憲と判定しない限り、しかもその蓋然(がいぜん)性は極めて低いのだが、自衛隊の合憲性の推定が成り立つ。つまり有権解釈が「憲法変遷」をもたらしたのだ。

新非常事態法に挿入も

 これまでの考察から導き出される結論は明白である。つまり憲法変遷が示される用例としては、自衛隊の存在の憲法適合性と集団的自衛権適用の憲法適合性である。従って、例えばこれから制定すべき新非常事態法の前文に自衛隊の存在と集団的自衛権の憲法適合性を挿入することも可能ではなかろうか。

 確かに、憲法改正によって自衛隊の存在を合憲化することは可能ではある。しかしそれには不確定要因として「国民投票」が存在する。従って筆者の結論は「憲法変遷」論の適用の方を良しとする。

(こばやし・ひろあき)

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