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電撃退陣表明の真相 「米中冷戦」というキングメーカー

髙橋 利行

政治評論家 髙橋 利行

 潰瘍性大腸炎という難病が、宰相・安倍晋三を2度にわたって退陣に追い込んだ。戦後最年少の若さで宰相に就任した第1次政権、そして史上最長の連続在任記録を更新したばかりの現政権である。

 この病気にはストレスが何よりも悪いらしい。景気回復、地球儀を俯瞰(ふかん)する外交を展開したことで想像を絶するストレスが宰相の身を苛(さいな)んでいたに違いない。

 ただでさえ政権末期であった。自民党内にも国民の中にも長期政権への「飽き」が忍び込んでいた。憲法改正、北方領土返還、拉致被害者の奪還という三つの悲願も実現の見込みは失われていた。レガシーを求める思いは余人には理解できないほどだったろう。その上にコロナ禍である。持病を抱える宰相には他人事(ひとごと)ではなかったのではあるまいか。

 だが、真のストレスはほかにあった。それは杖とも柱とも恃(たの)むアメリカが中国政策を大転換させ、「米中冷戦」が抜き差しならない局面に入り込んだことである。アメリカ大統領ドナルド・トランプは政権発足当初、中国に寛容な「関与政策」を選択していた。親の心子知らずとでも言うのだろうか。中国の習近平(国家主席)指導部は、それを奇貨として覇権主義を剥(む)き出しにし、一帯一路戦略を掲げ露骨に海洋進出を図った。ソ連(現ロシア)の崩壊で一強になったはずのアメリカも押され気味である。皺(しわ)寄せが経済面で中国に依存してきた日本にも方向転換を迫る形になった。

 その象徴が、中国と太いパイプを持つ二階俊博の処遇である。有り体に言えば「自民党幹事長から外せ」というのである。宰相にしても、このドンを副総裁へ棚上げし、後釜に盟友・岸田文雄を挿(す)げたい思いもあった。だが、凄(すご)まれて挫折した。長期政権を維持するうえで二階俊博をなお必要としたのである。

 アメリカの方は、度重なる中国の専横に痺(しび)れを切らし、ついにマイケル・ポンペオ国務長官が7月末、対決姿勢を鮮明にした。いきなり武力衝突にまで突き進むとは思えないが、きな臭い。仮に大統領選(11月3日)でジョセフ(ジョー)・バイデンが勝利を収めたとしても、この流れを緩めることはないらしい。

 日本にとってソ連と中国では大違いである。ソ連は、75年前、日ソ中立条約を破り日本に侵攻した。多数の民間人が犠牲になった。「米ソ冷戦」では、ソ連の橋頭堡(きょうとうほ)として左右社会党が統一し、赤化への砦(とりで)として自民党が誕生(ともに1955年)している。だが、この保守合同を主導した鳩山一郎・岸信介の系列は、その後、吉田茂・池田勇人・佐藤栄作・田中角栄ら保守本流に取って代わられた。

 軽武装・経済優先路線が幅を利かせた。右派の福田赳夫でさえ日中平和友好条約を締結し子息の福田康夫も中国シンパである。宰相は、祖父・岸信介の思想を色濃く受け継ぎ、日米安全保障条約を実質的に双務条約化する「集団的自衛権の一部容認」に踏み込んだ。

 中国となるといささか異なる。かつて日本の知識人が争って学んだ孔子・孟子・老子の国という意識が残っている。上皇陛下は天皇として初めて中国を訪問した時の晩餐(ばんさん)会(1992年)で「わが国が中国国民に多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました。私の深く悲しみとするところであります」と述べている。国民にも「後ろめたさ」を共有する向きがいる。

 グローバル化を進める経済界も労働力の供給、生産拠点、巨大な市場として、いまや中国抜きには語れない。コロナ禍前ではあるが、碩学(せきがく)・寺島実郎(日本総合研究所会長)が「日本の貿易総額の4割を大中華圏で占めている」と語っている。要は「日本は中国のおかげで食っている」ということらしい。

 二階俊博は「媚(び)中」と言われるのを嫌うが、日中国交回復を成し遂げた田中角栄の下で修行した石破茂、石破茂を総裁選で推した過去のある竹下派、親中国の公明党が「持ち駒」(自民党長老)である。公明党がそっぽを向けば自民党票はがた減りする。大野伴睦が宣(のたま)うように「政治家とただの人」の瀬戸際である。二階俊博の処遇、党員に人気のある石破茂の芽を摘もうとする宰相の動機である。だが、下手をすると「コップの中の嵐」では収まらない怖れもある。宰相ならずとも頭が痛い。胃だって腸だって痛くなる。

(文中敬称略)

(政治評論家)

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