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安倍首相が辞任表明、“戦後”に挑戦し続けた8年半

政治部長 武田 滋樹

 安倍晋三首相が持病再発のため、通算・歴代ともに歴代最長となった政権に終止符を打つことを表明した。その業績については、歴史が判断することになるが、短命に終わった第1次、そして自民党政権奪還後の第2次以降の安倍内閣を貫くテーマがあるとすれば、それは“戦後”への挑戦であろう。

 首相の信念が最も明確に表れているのが2007年1月の施政方針演説だ。この中で首相は「憲法を頂点とした行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることは、もはや明らか」だと述べ、憲法改正を頂点とする「戦後レジームからの脱却」を宣言した。

 首相が戦後最年少で宰相の座に就いた06年、北朝鮮は日本海への弾道ミサイル試射や初核実験を行い、緊張が高まった。首相は占領期から続く教育基本法の改正、改憲手続きを定めた国民投票法の制定、防衛庁の省への昇格など積年の課題を矢継ぎ早に実現したが、理念先行の姿勢は護憲勢力の総反発を呼び、閣僚の不祥事が相次いで参院選で大敗。持病の悪化もあって無念の辞任に追い込まれた。

 政権復帰後はその反省を踏まえて、経済最優先で景気を回復させ、働き方改革など野党の政策まで先取りして国政選挙で全勝し、長期政権の基盤を固めた。その上で進めたのは、集団的自衛権の限定的行使容認に基づく安保関連法の制定などによる日米同盟の強化だった。さらに日露平和条約交渉と北朝鮮による拉致問題解決という「戦後日本外交の総決算」に挑戦し、憲法改正に向けた党の対応を着実に前進させた。

 ただ、これら三つの挑戦は「志半ば」で終わることになった。首相が記者会見で述べた「痛恨の極み」「断腸の思い」は、その無念さの表れであるはずだ。

 10年に日本を抜き世界第二の経済大国になった中国は強大な軍事力と経済力を背景に覇権主義的な動きを強め、米トランプ政権と正面から対立。国内では、少子高齢化と人口減少が加速し、新型コロナウイルスの感染拡大やそれに伴う未曽有の景気後退に見舞われるなど、日本は現在、安倍内閣発足当時とは比べものにならない深刻な難題に直面している。自民党の次期総裁は、単なる安倍内閣の継承、あるいはそのアンチテーゼにとどまらず、いっそう困難な課題に挑戦する気概を持ってもらいたい。

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