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「民の竈」は賑わっているか?

髙橋 利行

求められる二兎を追う責務

 永遠のマドンナ原節子や、枯れた芸で観客を魅了した笠智衆らを重用し、独自な映画世界を創り上げた小津安二郎を知らない人はいまい。日本が世界に誇る映画監督である。その小津安二郎に「大学は出たけれど」というサイレント映画(1929年公開)がある。「昭和恐慌」(1930~32年頃)直前の不況に直撃され、今でいう「就職氷河期」に翻弄(ほんろう)される学生たちの懊悩(おうのう)をコミカルに描いた作品である。

 「昭和恐慌」はアメリカから襲来してきた。1929年10月24日、ニューヨーク株式市場が大暴落した。所謂(いわゆる)「暗黒の木曜日」である。第1次世界大戦の戦場にならなかったアメリカは株式バブルに沸いていた。アメリカとの貿易に依存していた日本は、女性のストッキング用の絹糸を輸出、それで得たドルで工業化への脱皮を模索していた。


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